第3話 食事

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第3話 食事

 笹永陽人との屋上での出会いから十日が経った。 『よう! おはよ』 「……おはよう」  朝。インターホンの画面に映る顔は、そろそろ目に馴染みつつある。別に一緒に登校してくれなどと頼んだわけではないのだが、と溜め息が唇から意識せず洩れてしまう。  マンションから出るなり日傘を広げるリーフェルトに対し、下で彼を待っていた陽人が「いつも時間ぴったりだな」と感心したように言った。 「……君もね」  決まった時間になると一分遅れることなくインターホンを鳴らしてくるあたり、陽人は案外きっちりとした性格のようだ。  まあ、自分が何か不穏なことをしでかさないか、監視目的だと考えるなら普通に納得できることだが。  学校への道のりを共にしながらの他愛ない会話の合間に、陽人は何か思い出したように顔を上げリーフェルトに問いかける。 「お前ってさ。携帯とかスマホとか買わねえの?」 「? けいたい? すまほ??」 「遠くにいても文章送ったり、電話とかできる道具。……こういうやつ」  制服のブレザーのポケットを探り、リーフェルトに掌サイズの薄い機器を掲げてみせる陽人。リーフェルトは彼の手の中のそれをまじまじと見つめ、暫し目を瞬かせた。 「それ一つで? 手紙も会話もできるの?」 「そ」 「……へえ」 「他にも色々使えるけど、使いすぎには注意だな。値段が馬鹿にならないから。  まあ父親が王様なら、お前にとって大した額じゃねえだろうけど」 「ちょっと見せてもらっていい?」 「おう。ちょっと待ってな。ロック外すから」 「ロック?」 「パスワード。個人情報持ち歩いてるようなもんだから、悪用されないように大体みんなかけてる――ほら、外した」 「ありがとう」  渡され、受け取った深い緑のカバーが備えられた四角い画面の中を早速覗いてみることにする。まず一番に自分の目に入ったのは、陽人、小夜、辰弥の三人の顔だった。 「……これ、何?」 「ん?」 「映像? 君と木塚さんと二階堂君の……」 「ああ、写真。それ裏返したら、後ろにカメラのレンズあるだろ?それで写真撮って、気にいった写真をそうやって待ち受けにできんだよ」 「最近だよね、これ。高校の制服だし――」 「入学式の朝に撮ったやつだからな」 「ふうん」  その写真の中から、自分に微笑みかけてくるクラスメートたちの顔が並んでいるのを何気なくそれを眺めていると、リーフェルトはふと気付く。  今までクールなイメージしか頭になかった辰弥が、陽人や小夜ほどに明るいものではないものの、唇の端を上げて柔らかな表情をしていることに。 (……二階堂君もこうやって笑うんだな―――)  意外なあまり、リーフェルトはついつい、そんな失礼なことを考えてしまった。 「……手紙は? どうやって送るの」 「ん。ちょっと貸してみ」  陽人は返された自分の機器の画面を、慣れた手つきで少しの間操作し、すぐにリーフェルトに画面の中が見えるように身体を寄せる。 「一番上の暗号みたいなローマ字は、送る相手のアドレスな。これが件名。ここに本文を書いて、送信ってところ押したら相手に届く」  ――以下。陽人が簡単に作り、自分に見せてきた件名と本文が、これだ。  件名:辰弥へ  本文:なんでもいいからできるだけ早くこれに返信しろ。      陽人 「……無茶振りだなあ」 「いいよ、気心知れてるし。で……送信。これで終わり」 「そんなに簡単に?」 「おう。こうやって文章のやり取りをして、言い忘れたことを送ったり、普通に友達と会話を楽しむっていう。便利だろ?」 「そうだね。僕たちの世界では魔力を使った道具を使ったりするけれど、人間は魔力も持たないし。何より飛べるようにできていないから、良い工夫だと思う。」 「……! はは! そうだな」  一拍意表を突かれたような顔をしてから笑った陽人の隣で、真剣にリーフェルトは顎に手を添え考え始める。  ……確かに。素性を隠し人間界で生活していくなら、これは購入した方がいいかもしれない。  一応ヴァンパイアには変身能力も備わっているのでわざわざ素性を晒してまで飛ぶ必要はないが、やはり誰かに用がある度外に出るのは面倒だ。 「こういう道具ってどこで売ってるの?」 「うーん。じゃあ放課後、案内してやるよ。お前人間界のこととかまだよくわからないだろ?  この先三年間住むつもりなら、早いうちから覚えてったほうが――おっ」  そこまで言って陽人は、ぱっと手元の機器に再び目を戻す。 「返事来た」 「もう? 早いね」 「あいつも小夜と登校してるところだろうしな……っと」  早速辰弥から送られてきた手紙を確認しようと、その道具を陽人は操作する。リーフェルトも、一体あの無茶振りからどんな返事が来たのだろうと興味をそそられるまま、身を乗り出して画面を覗き込んだ。  件名:ヘタレ  本文:相変わらず男の趣味が悪いのでお前なんとかしろ。      辰弥 「……」 「……?」  一体何の話なのかがいまいち掴めず、リーフェルトは首を捻るばかりだ。  しかし一方、陽人は何も言わず、何も見なかったことにするように、無言でポケットに機器をしまいこんだ。 「? 誰の話?」 「さ……さあ……」 「ひょっとして、木塚さん??」 「……えっ!? あ、いや、それは……どうだろな――ハハ」  男の趣味――ということは、きっと辰弥が指しているのは女子だろう。そして辰弥が親しくしている女子といえば、彼女しか今のところ思い浮かばないが。 (――へえ)  更には、『お前なんとかしろ』という、あの文。  小夜に下心で近づく男には容赦しないという辰弥の性格を考えれば、なんとも意外な科白だと思う。同時にそれだけ辰弥が陽人を信用しているのだろうということが窺えた。 (でも、待てよ。わざわざ『お前がなんとかしろ』なんて笹永君に言うってことは……) 「……笹永君。君、木塚さんのことが好きなの?」  なんとなくピンときて、ストレートに真顔で尋ねてみる。  すると陽人は一瞬目を丸くしたかと思えば、急にぎくしゃくと忙しく瞳を泳がせだし。 「――!! き、聞くなよ……」 「……成る程」  なんともわかりやすい反応に、ついつい口許が綻んでしまった。  先程の写真の中の、穏やかで落ち着いた辰弥の笑顔といい、きっと彼らは心を許し合っているのだろう。  そう思うとリーフェルトはなんだか少しだけ、彼らの関係を羨ましく感じた。
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