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――放課後。
教室で荷物を纏め終えたリーフェルトがふと顔を上げれば、陽人が鞄を小脇に、いつの間にか傍に立っていた。
「もう行けそうか?」
「え?」
「スマホの下見」
「……ああ」
登校している時に確かそんな約束をしたなと思い出し、苦笑する。
本当に行くとは思ってもいなかったので、すっかり忘れていたのだ。監視をする口実をこうも実行してくれるとは、相当自分は彼に警戒されているらしい。
「二人も一緒だけど、いいよな?」
「うん」
陽人の後ろには辰弥と小夜の姿もあり、リーフェルトは笑って頷き内心安堵した。
正直退魔師である陽人と二人だけというよりは、素性を知らない者たちが傍にいたほうが落ち着ける。
「私もそろそろスマホ変えたいなーって思ってて」
「そう。じゃあ、ついでに色々教えてもらおうかな」
「うんっ、任せて」
嗚呼――ふんわりといった表現が似合う、小夜の綿菓子のような声の響きが耳に心地良く響く。
鼻腔をくすぐる甘い匂いも相まって、監視されている状態を忘れさせてくれる彼女に、リーフェルトの頬は自然と緩んでしまう。
陽人とは敵同士ではあるものの、
彼が小夜に好意を抱く気持ちは、人間ではない自分でもわかる。
だって彼女は、こんなに可愛らしいんだもの――。
「……おい」
しかしそこで突如リーフェルトの和みきった胸に、ドスの聞いた暗雲が一瞬で立ち込める。
「少し距離が、近すぎるんじゃないかな? ガーシェル君――」
背後から肩に置かれる、辰弥の手。
彼の唇から発せられる科白は、まるで子供に言い聞かせるように優しく、ゆっくりした口調だったが、その手はリーフェルトの中でゴロゴロという威嚇音を立てながら暗雲の中で微かな光を纏い、『いつでもお前を始末してやる』という言外の威圧を放っていた。
人生初めて触れる本気の殺気をその五つの指先から感じ取り、思わず肝をひやりと凍らせるリーフェルト。
「やめろ辰弥」
「……チッ」
「わざわざ雰囲気悪くすんなよ……早く行こうぜ」
かろうじてリーフェルトの耳で拾える――しかし、小夜には聞こえないレベルまでボリュームを落とされた陽人の制止の声。
(くそっ……笹永君グッジョブ。助かった……!!)
肩から辰弥の手が離れていく感覚に、リーフェルトは汗をかいたまま長い息を吐いた。
色んな色の車が行き来し、様々な店が立ち並ぶ街通りを四人で歩く。
何をするのか見当もつかない店を指差し、好奇心の赴くままにリーフェルトが何度、何を尋ねても、陽人たちは丁寧にわかりやすく教えてくれる。
人間界のことを何も知らないということを知っている陽人。
それを知らなくても、帰国子女だということを考慮して嫌な顔一つしない小夜と辰弥。小夜に近づきすぎなければ、辰弥も決して悪い奴ではないのだろう。
一番の目的であったスマホの下見も、三人がかりで難しい言葉をなるべく使わず、リーフェルトにわかるように根気よく説明してくれたおかげで無事に済んだ。
大まかな知識を付けたうえで、やはり衝動的に選ぶのではなく慎重に選んで購入したいという考えに落ち着けば、長く使用していくものだからその方がいいと、陽人たちも同意してくれた。
「ごめん。あんなに時間をかけてしまったのに決められなくて」
「気にすんな」
「そうだよ。だってガーシェル君、日本に来たばかりでわからないことだらけでしょう?」
店の自動扉をくぐり、申し訳ない気持ちで謝ったリーフェルトに、それでも陽人と小夜は何一つ気にしていない様子で笑顔を見せる。
……まさか人間にここまで優しくされるとは思わなかった。
しかも一人は、自分の正体を知っているのに。
たとえ監視が一番の目的であっても、なんと有難いことだろうとリーフェルトはこの時、素直に感動していた。
みんなと並んで歩き出しながら、心の底から、「ありがとう」とリーフェルトが三人に礼を述べれば、小夜はふるふると首を横に振った。
「私がもしガーシェル君の国に行ったら、同じことになるかもしれないし。
やっぱりスマホって買うの失敗したらすごく後悔して――あっ、ねえ、ちょっとお腹空かない? 帰る前にみんなで寄って食べない?」
まだ少ししか動いていない足を止めて小夜がみんなを振り返り、ぴっと車道の向こう側を指で指し示す。
その先にある真っ赤な看板に、無知なリーフェルトは一人首を捻った。小夜はそんな彼の反応に気付かないまま
「あれってイギリスにもあるんでしょう? だったらガーシェル君も食べられるよねっ」
「……えっ? あー……」
「仕方ないな」
眼鏡の中心を中指で押し上げ肩を竦める辰弥に、「やったぁ」と声を上げて喜ぶ小夜。
何もわかっていないリーフェルトを連れながら、人間三人は店の中へと揃って足を踏み入れていく。
「……笹永君」
話の流れから、これから何かを一緒に食べるというのはわかった。
しかしそれが一体何なのか、陽人にこっそり聞いてみたところ――
「ハンバーガー」
「?? は、はんばーがー??」
「美味いの勧めてやるからそれ注文しろ。種類色々あるし、全部説明したって一度じゃ覚えられないだろ」
「う……うん……??」
疑問符を頭の上に飛ばしながら、
ただ、流されることしかできない自分。
……人間界に馴染むには、まだまだ時間がかかりそうだ。
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