第4話 半分の少年

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第4話 半分の少年

 人間界では世界規模で有名だというそのファーストフード店で、リーフェルトは人間三人とテーブルを囲み雑談を楽しむ。  陽人が勧めてくれたハンバーガーはなかなか悪くなくて、すぐに自分の中で、日本に来て気に入った料理の一つとなる。 「え! ガーシェル君、ハンバーガー食べたことなかったの?」 「俺最近ガーシェルと学校行ってんじゃん。話聞いてたらこいつ、結構いい家柄育ちみたいでさ。食べる物にも厳しいらしい」 「あ……じゃあ、ごめんね? こんなところに誘って」 「ううん、いいよ。家を離れてこういうものを食べたりするの、夢だったし。これだって、すごく好きだし。日本は食べ物が美味しくていいね!」  両手でハンバーガーを持ちながら、向かい合った席で申し訳なさそうな小夜ににっこりと笑う。「それは日本食ではないがな」と、斜め前の席でポテトを口に放り込んでいた辰弥がさりげないタイミングで突っ込みを入れた。  家のことなど、陽人に話したことなどない。だから彼が自分の家柄など知っているはずはなくきっと咄嗟の嘘だったのだろうけれど、故郷では買い食いなど厳しく制限されていたのは本当のことだった。  使用人に囲まれいちいち干渉される生活が窮屈で、なんとか家の者を説き伏せ一人暮らしの許可を獲得したリーフェルトにとって、今クラスメートに囲まれジャンクフードを食べているこの状態は、大袈裟だが、正に『夢が叶った』といっていい。 「そういえばこのお店、商品を持って帰れるんだよね? ついでに今日の夜ご飯にしようかな」 「……夜ご飯って。お前、今日の昼食も学校のパンじゃなかったっけ」 「? そうだけど」 「待て、ガーシェル」  眼鏡の中心をくい、と上げる辰弥。 「君、確か一人暮らしだったな。普段夜は何を食べているんだ」 「外食したり、お店で買ったりしてるけど」 「自炊は。自分で作ったりしないのか」 「えっと。僕、料理とかしたことないから、よくわからなくて」 「……君。死ぬぞ」 「……えっ」  眉をしかめて呆れるような辰弥の言い草。  少したじろいだが、冗談で言っているのだろうとすぐにリーフェルトは考えて、「それくらいじゃ死んだりしないよ」と笑い飛ばしてしまう。  ところが――傍で話を聞いていた小夜や陽人も辰弥同様微妙な顔つきになるなり、 「ガーシェル君。いつもお母さんに作ってもらってる私が言うのもなんだけど、それは良くないと思う……」 「それで三年間って、卒業するより先に病気になっちまうだろ。  確かに美味いのはわかるんだけど、その分塩分とかすっげえ多いんだぜ」 「……え――えっと」 「油もな。若いからといって油断していたら身体が持たないぞ。  成長期である今のうちにバランス良く食べていないと、縦に伸びるどころか肥える一方だ。遺伝の関係もあるが、最低でも男子なら身長170は欲しいだろう?」  まさか生活習慣を揃って駄目だしされるという、予想していなかったこの流れ。思わず口を噤み、三人の顔をまじまじ見つめる。  特に小夜や陽人に関しては真剣に自分を心配しているように見えて、それがじわじわとリーフェルトの不安を煽っていく。  ……そんなに?? 「俺が作り方教えてやるから、毎日外食とか惣菜とか、そういうのはやめとけ。今夜食べるもんもそういうのしか浮かばないってなら、この後俺の家に来たっていい」 「それがいいよ、ガーシェル君! 陽人君、いつも自分のご飯作ってるし。ほら、いつもお弁当持ってきてるでしょう? あれだって陽人君が自分で毎朝早起きして作ってるんだよ」 「あ……いや。全部じゃないけどな。前の日多めに作って詰めてるだけのときもあるし」 「でもすごいと思う、陽人君も辰弥も。二人ともご両親が共働きだから、仕方ないかもだけど。私たまに落ち込むもん。女としてどうなんだろうって」 「簡単だって。やろうと思えばできるって、小夜も」 「元々器用だからそんなことが言えるの! 陽人君も辰弥も女子力分けてよ。あり余り過ぎだよ!」  拗ねた風にそっぽを向き、苦笑している陽人に頬を膨らませた小夜の隣で、「どうでもいいけど」と辰弥は流れを遮り 「陽人。出る分は貰っておけよ。食費だってタダじゃないんだからな」 「……夕食くらい別に、大した出費じゃないだろ。俺の好意なんだし」 「誰が働いて得た金なんだそれは」 「……そりゃあ、まあ……親だけど」 「払えよガーシェル。最低でも五百円くらいはな」 「――えっと……」  金銭的なことは自分にとって大した問題ではないので、リーフェルトにとってそれは別に構わないのだが。 「……うーん」 「遠慮すんなって。来いよ、うちに」 「……」  確かに陽人は自分にとても親切にしてくれている。その気持ちすべてが偽りではないことくらい、短い間だがわかる。しかしまだ、完全に陽人のことを信用しているわけではない。  猜疑心の塊のようで醜く見えるだろうが、とはいえこれは至極当然だと自分に言い聞かせ納得させる。  何故なら、自分の命がかかっているのだから。 「うーん……」  だが――これから三年、今まで通りの生活を送っていくわけにもいかないなら、やむを得ないのか。  敵意さえ見せなければ、陽人が自分を攻撃することはない、と思うが。  いやいや。万が一ということもある。魔としての屈辱もプライドも投げ打って無防備に退魔師の家にホイホイと転がり込むのはどうだろう。  いやいやいや。一時の不快や不信感より、これからの生活が大事なのではないだろうか。そういうことなら、学ぶならできるだけ早い方が……今夜食べるものだって全然頭に浮かばないし。 (……うぅううううう……)  俯いて黙り込み、一人困り果てているリーフェルトに、その時一つの長いため息が、四人に囲まれているテーブルに落とされた。
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