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この言葉を最後に、咲子は短い生涯を終えた。
彼女の手を握り締めたまま、涙が足元の絨毯へと幾筋も流れ落ちては消えてゆく。
寝室の外、閉じられたドアを背に、抑えきれない声を上げ男泣きする雅俊。
やがて、息を引き取った咲子の隣で赤ちゃんが目を覚ます。
微かに笑い声をあげる幼い子をそっと抱きかかえると、女神は、その可愛いらしい赤い頬に触れた。
小さな手が、そんな女神の指先をギュッと握り返し笑っている。
誰よりも愛おしく抱き寄せた命の温もりを、どんな事があっても二度と手放すまいとするかのように、彼女は涙に潤んだ眼差しで、いつまでも小さな存在を見つめていた。
再び沈黙が訪れた中、石吹の前で涙を流しながら聞き入っていた陽子が顔を上げる。
「ようやく分かりました。森有都先生を育てたのが、あの女神だったんですね。」
あまりの感涙ぶりに、思わず数枚のティッシュを陽子へと差し出した石吹。
「すみません。すっかり、感情移入しちゃって‥‥。」
「僕は構わないけれど‥‥有都先生の前では、まさか泣いたりしないよねぇ。」
「それはありません。ええ、泣く訳ないじゃないですか。」
そう口にしながらも、ポロポロと再び溢れ出したのは紛れもなく涙だ。
「ほら‥‥今、また思い出したんじゃないのかい?彼も、この事実は全て承知しているから、君が気にしなくても良いんだよ。」
「えっ?知ってるんですか?なんだぁ‥‥どんな顔して言葉を交わしたら良いんだろうと、正直考えてたんですよぉ。」
「そんな事だろうと思ったよ。」
ようやく2人、突き合わせた顔が笑った。
パソコン画面に映し出された二枚の写真を前に、沈黙の視線を漂わせている晃と忍。
花木田南緒人と田中僚、2人の共通点を探る過程で、数百枚以上にも及ぶ写真の中、一致したものがある。
それが、この巨大機械を内在する大きな建物だった。
「晃さん。これ、何だかわかる?」
最初に口を開いたのは忍だった。
「何かの工場というより、ある研究施設‥‥と言った所か?」
「正解。一見、どこかの工場にしか見えないけど、これはれっきとした研究施設。でも、さすがに晃さんでも、何を研究している施設かは見当がつかないでしょ?」
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