第16話

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「つまり、女神の名は、イゾルデ。恋人の名はトリスタン。そして、天空の騎士を指し示す象徴として、表されるのはオリオンであり、オリオン座は、おお犬と仔犬座を従えて、冬の大三角形を形作る。」 《女神は問いかけた‥‥。私が生きられるのは、時に彩られ、手元に残された白き礎の上だけなのかと‥‥。そして、騎士もまた問いかけた。我らが生きられるのは、闇に浮かび上がる瞬間だけなのかと‥‥。》 「この‥‥時に彩られ、手元に残された白き礎の上とは、すなわち物語として時を超えて伝わっている文書、書籍の事だ。実際、彼等の名前が登場するものがある。元々は、ケルトの諸説であり、後にまとめられた<騎士トリスタンと、主君マルク王の妃となったイゾルデの悲恋>の物語だ。ちなみに<イゾルデとトリスタンの物語>とは、こうだ。」 騎士トリスタンが尊敬する主君マルク王の妃となるべく、アイルランドから赴いたアイルランド王の娘、イゾルデ。 その道すがら、二人は恋に落ち結ばれてしまう。 それでも、イゾルデはマルク王の妃となり、奇妙な三角関係の果て、二人の不義密通がマルク王に知れ二人は逃亡。 隠れ家が見つかるまで、二人は幸せな日々を過ごしたのである。 この物語は、ロミオとジュリエットを書き上げたシェイクスピアにも影響を与え、後に「円卓の騎士アーサー王」の物語の中にも組み込まれた。 「一方、オリオンが伝説として生きた証を今も我々の前に残しているのは、星空だ。」 《生きた時を同じくしながらも、決して奇跡の主は女神と交わる事は無かった。たとえ機会を与えられたとしても、たとえ永久の時を与えられたとしても‥‥。生きた時に、決して交わる事も無かった奇跡の主は今、騎士と共に永遠の時を生きている。》 「この場合、円卓の騎士の物語の中では、同じ文章の中に描かれていたにも関わらず、出会う場面も一切無く、たとえ時を超えたとしても、イゾルデが決して交わる事が無かった奇跡の主。そして今もなお、オリオンと共に夜空で永遠の時を刻んでいる存在‥‥。ここまでくれば、おのずと二番目の文書か指し示す人物像が見えて来る。物語、そして夜空に共通する、唯一の存在があるとするならば‥‥。マーリンという名の小惑星‥‥つまり、奇跡の主とは、魔術師マーリンの事だ。」 《ここに、奇跡の主が存在する。そして、主は決して存在を知られてはならなかった。それ故に、自らを深い森の闇のベールで覆い姿を変えたのだ。》
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