ただ、今は

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別に一線を越えたわけではないのにキョウスケはアイジマのことが気になって仕方がなくなった。仕事中も隣の席のせいで正直集中できない自分がいる。一挙一動が気になり女性社員と話しているときでさえ一体何を話しているのか気になってしまう。  どうしたんだ。一体自分に何が起こっているのだという気持ちが混乱と期待を膨らませていく。  「期待」そう「期待」なのだ。ときめくではなくアイジマに対してそういう思いを抱いてしまう。日に日にその気持ちは膨らむのにエイコへの思いは立ち止まったままで動かない。  愛情が死んだわけではない。好きという気持ちも触れるほど身近に感じる。それなのに一向にエイコとの仲を戻す行動に移せなかった。  もしかして自分は男が好きなのだろうか。今までそんな気は微塵も起きなかったのに。相手が好意を寄せてくれるからすがってしまいたいだけなのだろうか。それは甘い考えだ。相手に対しても失礼で自分勝手だ。  恋人との仲が悪くなったからちょうどそばにいた自分に好意を寄せる人間にすがりたいなんて、卑怯すぎる。  汚い人間がすることだ。  自分を何度も叱咤してどうにかこの状況を抜けるためキョウスケはエイコにメールを送った。  『仲直りがしたい』とシンプルにそれだけ送ったが返信はいつまでたっても来ず、丸二日たってもエイコは職場以外ではキョウスケに話かけてこなかった。  メールがダメなら電話ならどうだろうと仕事から帰りエイコがくつろいでいるであろう時間を狙って電話を掛けた。だがそれも当然だとばかりにダメだった。  ここまでくるとお手上げだ。それにだんだんとキョウスケ自身も腹に熱を持ち始めていた。  自分はそんなに悪いことをしただろうか、と。無神経な発言だったかもしれないがここまで拒絶されるとこれから結婚となると先が思いやられる。  もしかしたらエイコは違うのかもしれない。愛情や好きという気持ちのすぐ隣でその言葉が浮かんだ。  エイコとは対照的にアイジマは少しずつ確実にキョウスケにとって身近な存在になりつつあった。  一度部屋に行ってからというもの毎日ではないがアイジマの部屋に行くことが日常になっていた。別に何かをするわけではない。抱きついたりキスをしたり、それ以上のことをするなんてことはない。  仕事が終わってから家に行き、買った総菜か手作りのご飯を食べ、酒を飲んでそのままアイジマの部屋に泊まるというものだ。エイコとしていたことをアイジマと送っていた。  それにアイジマは料理がうまく日常的に食べるおかずのほとんどを作ることができた。キョウスケも作れないことはないがレシピをみなければ何もできない人間だ。それを考えるとアイジマが何でもできる人間に思えて思わず甘えてしまうのだ。  まるで恋人のようにかいがいしく料理を作ってくれるアイジマの姿は何か胸に迫るものがある。料理をしている姿を見れば思わず肩に触れそうになるし、一緒にご飯を食べていると一つ一つの動作がやけに目についた。必死になって目で追ってしまう自分にキョウスケ自身も戸惑い、どうしていいのかわからなかった。  もしかして本当に好きになっているのかもしれない。まさか、そんなことがあるのだろうか。  「僕は何があってもキョウスケ君のそばにいるよ」  「ああ、うん」  ただただ素直に伝えてくれる言葉に否定すらできなくなっていた。前なら完全に拒絶できていたのに。
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