ただ、今は

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「アイジマ君のアイコンって空なんだー。きれいだね。どこで撮ったの?」  「あ、それは父親の実家の田舎で撮ったものです」  「へー、なんか意外だなぁ」  「そうですか?僕にとって思い出の場所なんですよ。好きな人に出会った」  連絡先を交換する声が聞こえてきて何気なくそちらを向くとアイジマの方を向くと目があった。アイジマはニコリとほほ笑みかけてくるがキョウスケは反射的に目をそらした。  避けているわけではないにしてもいきなり目が合ってそして微笑みかけられればびっくりはする。  キョウスケはそのまま視線をあげずに資料の整理をして帰ろうとした。すると周りにいた女性社員たちに囲まれていたアイジマが「サイトウさん」とキョウスケを呼び止めた。  聞こえないふりをしようと思ったがそういうわけにもいかず、キョウスケは振り返る。アイジマは女性社員を「では」という一言だけで散らし、キョウスケに近づくとさわやかな笑顔で言った。  「今日飲みにいきませんか?」   「飲み?」  「はい、いいお店があるんです。ワインバーなんですけどどうですか」  「あ、あー・・・ワインはあんまり得意じゃなくて」  いきたくないから嘘を言っていると思われるかもしれないが本当のことだった。キョウスケはワインがあまり好きではない。  あきらめるかと思ったがアイジマは次の提案をしてきた。  「あ、そうなんですか。じゃあ、普通の居酒屋に行きませんか?ありますよね、会社の近くにチェーン店が。一度一緒にご飯食べたいなって思ってたんですよ」  すかさず言うことができるのはきっと断られたときのことを想定していたのだろう。そこまでして自分と食事をしたいのかと思うと健気にも思うが、やはり素直に喜ぶことはできなかった。  これが女性なら恋人がいてもやはりうれしい出来事になるのだろう。エイコには嫉妬されるかもしれないが。  「あ、そうだな。うーん、うん。わかった。じゃあ、ちょっとな。今日予定があるからさ」  実際予定などさらさらないが聞かれたら「付き合っている人に会う」と言えばいい。エイコのところに転がり込めば嘘ではないし、とずるいことを考えているとアイジマが身をかがめて小声で言った。  「ミタニさんと会うんですか?」  思わずぎょっとするキョウスケは目を見開いてアイジマを見た。悪意がある表情はなく涼しい笑顔がそこにあるだけだ。いつもの愛想がいいアイジマだが逆にそれが怖く、キョウスケはアイジマの耳に口を近づけて「なんで知ってるんだよ」と聞く。  するととんでもない答えが返ってきた。  「だって、ミタニさん本人に聞きましたから」  ぎょっとしたキョウスケはあれほど隠していたのにあっさりと新人に言うとはどういうことだ、とエイコがいるほうを見る。すると必然的にエイコと目が合いった。じっとりとした視線を向けるとエイコは勘の良さを働かせて二人が話している内容を感じ取ったのかにっこりと笑みを返してきた。どうして笑っているのか理解ができない。だが考えがあってアイジマに教えたのだろう。納得ができないが。   ばれたのがわかるといろいろ細かいことを考えるのがどうでもよくなり、もうどうにでもなれと思い、エイコも交えて呑みに行こうと提案することになった。  嫌がるかと思ったがアイジマはすんなりと了承してくれた。意外だったがそれはそれで助かった。エイコがいると心強い。だが三人でどんな話をすればいいのかキョウスケにはまったくわからなかった。  居酒屋は会社から歩いて五分程度のところにありチェーン店だが店のオリジナルメニューが多く、店長や店員の対応に活気があり感じがいい。この辺のサラリーマンたちはよく利用している店だ。キョウスケも今までに何度か来たことがある。  厨房が見えるカウンターとテーブル席がある店内にはまだ人は数えるほどしかいない。四人掛けの席に通されて三人はそれぞれ飲み物を注文した。  キョウスケとアイジマはビール、エイコはジントニックを頼んだ。乾杯をして一口飲むと本題だというように「付き合ってどれくらいなんですか、お二人は」とアイジマが訊いてきた。  「もう三年かな」  エイコが答えた。その答え方は自然で親しい友人と話しているときのトーンと同じだ。キョウスケはエイコが何を考えているのかわからず隣でどう会話をすればいいのかひたすら考えることしかできなかった。  「三年ですか。それは長いですね。結婚とか考えているんですか」  「まあ、そうね。そんな感じ。あ、でも会社の人には言わないでね。付き合っていることも隠してるんだから」  「わかっていますよ。でもすごいですね、三年も付き合ってたらバレそうですけど」   「うーん、もしかしたらばれているかもしれないけど誰も表に出してないだけかもしれない。ま、わからないけどね」  「結婚したらミタニさんは仕事どうするんですか」  「もちろん続けるわ。同じ職場だから大体の給料はわかるしね」  エイコが助け舟のようにキョウスケの方を向いて会話を振る。そこでキョウスケも反射的に「悪かったな。安月給で。でも子供とかできたらわからないだろ」と答えじろりとにらんだ。  そこで二人が笑う。一瞬のうちに雰囲気に乗ることができ、一口ビールを飲んでからエイコに「どうして俺たちのことをしゃべったんだ」と訊く。するとエイコは「そりゃ言うでしょ」と当然のように答えた。  「なんでだよ、あれほど隠そうって言ってたのに」  気まずくならないように、別れても今後仕事に響かないように。という意味で周りには言わないでいたのにこうもあっさりと新人に言うなんて軽率すぎるとキョウスケは思った。アイジマの口が軽くはなかったから良かったものの、もし会社全体にばれたらどうするつもりだったのだろうとヒヤリとしていた。  エイコはキョウスケの反応に小さくため息をついて「あのね」と言いぐっとキョウスケに顔を近づけた。
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