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アイジマは驚くかと思ったが声一つ出さずにただキョウスケの力に押され、体を離した。さっきまで触れていた肩が瞬時に冷めていく。
居心地がいいと思っていたことが嘘のように冷めていく。自分がしようとしていたことに罪悪感すら持った。
罪悪感は頭の中を混乱させ言葉をうまくまとめてくれない。キョウスケはどうにか声と言葉を絞り出そうとしたが未完成のまま口から洩れた。
「ごめ、俺。やっぱりさ」
何がごめんなのか、何がやっぱりなのか。自分でもどうしてその言葉を選んだのかわからない。言葉が続かない。
「少し、急すぎましたかね」
柔らかく笑うアイジマはやさしく言い立ち上がって冷めつつあるほうじ茶を一口飲んだ。
「いや、あの。ごめん。お前のことが気持ち悪いとかじゃなくて」
白々しい言い方をしていた。キョウスケは自分がとても最悪なことをしている気がしてならず、アイジマの顔を直視できなかった。うつむいて早くここから去らなくてはということばかり考えていた。
「そんなに気を使わないでください。僕が性急すぎました」
「いや、本当に。ごめん。でもちょっと傾きかけてた」
そう口にしてしまったと思った。こんなことを言ってはまるで浮気をしているみたいじゃないか、と自分を殴りたくなる。それに「傾きかけてた」なんて言葉は軽すぎる。アイジマは本気で自分のことを好きだというのに。
「帰りますか」
戸惑って身動きがとれないでいるキョウスケにアイジマが言った。落ち着かせるためかソファから立ち上がったアイジマは台所に立つ。特に用はないのだろう、流しの前に立ち手を洗っている。あきらかに不自然なタイミングだがそれはキョウスケと物理的に距離を置くためのものだ。
解けつつある戸惑いを抱えながらキョウスケは立ち上がり「ごめん、今日はこれで帰る」と短く言って玄関に向かった。
「はい、その方がいいかもしれませんね」
アイジマはそう言うだけで見送りにはついてこず「気を付けて」と言いそして続けて「でも僕は、キョウスケ君のことが好きですよ」と言葉を投げかけた。
背中で受け止めた言葉は生々しくキョウスケを包んだ。エイコとこじれていなければ簡単に振りほどくことができる。だがキョウスケはその気持ちにすがりたい思いを抑えこむことが精いっぱいだった。
わずかだが。本当に、本当に少しだがアイジマに惹かれている自分がいた。
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