夏への無意識

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夏への無意識

 いつものセブンイレブンでいつもの縁石に座り、いつのもチョコチップスティックをかじりながら、目の前を通り過ぎる車を眺める。厳密に言うとそれくらいしか見るものがない。  道路の向こう側には、ひと月前までうどん屋や小さな文房具屋などがあったが、ショッピングモール建設のせいで今では一面、更地になってしまった。  驚くほど見渡しが良くなってしまった地平線の向こう側は、たいして旨くなかったうどん屋と引き換えに、不自然な黄緑色のファミリーマートがかろうじて認識できるだけで、あとはどれもミニチュアだ。  そのせいで、右目の視界に入り込むリサイクルショップの冷蔵庫たちが一段と大きく感じる。相対的には広くなったはずなのに、なぜか窮屈になってしまった。  息苦しさと、頭頂部の先にある太陽から逃げるように縁石の端に寄り、冷蔵庫軍と向かい合うとなりの平屋から伸びるビワの木の影に避難する。  胸にひっつくシャツがひどく気になる。  紙パックのミルクティーを一口分だけ口の中に溜め込み、遊び疲れたゴールデンレトリバーのように再度、目玉だけを左右に動かす。  ソニーのヘッドホンから漏れる渇いたボーカルが、いつものルーチンワークに意味を貼り付けようとするが、何度も貼られて粘着力の薄れた意味は簡単に剥がれ落ち、横断歩道の上の青がそれを知らせるように点滅する。  もう片方の日陰の縁石に座るユーセイも、食べているものが冷やし中華かカレーかの違いだけで、相変わらずコーラを片手に頬杖をつき、信号機の点滅を眺めている。  自分の首にかけたヘッドホンから漏れ出る曲を聴いているのか、信号機の歌う「とおりゃんせ」を聴いているのか、それともセミの否定に心の中で反論しているのか。  こめかみを叩く人差し指のリズムから察するに、おそらく気怠げな女ボーカルを聴いている。  青ぶちの眼鏡の奥にある細い優しい目も、昨日や一昨日と全く変わらない。  その僕らの間で座りもせず、太陽光を愚鈍に浴び続けている巨体の男は、まぁギリギリ友達の枠に入れてもいいこの男の名前は笹塚だ。  僕らは愛着などを込めてササピーと呼んでいる。  二メートル近い身長の丸々太った角刈りで、細い目をしているが小柄で知的なユーセイとは違い、顔中の肉の居場所がなくなって追いやられてしまった「アイヤー!」な目をしている。  額の汗がその細い目を通り抜けアゴから滴り落ち、手元のアイスの水色を深くするが、当の本人は一切気づくことなく、アイスと一緒に再び汗を体内に取り込む。  毎回昼食にガリガリくんを選ぶわりには、まったくもって痩せない胴体が不思議でしょうがない。  今日も元気に自分の顎を拳で叩いている。  ササピーは一人だけ春に置き去りにされていた。  「あ」    ユーセーがコーラを置き、足を引きずりながら横断歩道まで駆け出す。同時に気怠そうな女ボーカルがセミの声に負けて遠のいていく。  んだよもーと文句を吐きつつ、ズボンをずり上げ、点滅している信号前のおじいちゃんとおばあちゃんの中間のような老人の手を掴む。  「荷物持つんで、サクッと渡っちゃいましょ」  そう言って相手の反応を見ることもなく手さげを引き取り、猿軍団の猿回しよろしく手を引いて横断歩道を渡りきる。  道路の向こう側で中性老人がお礼を言っているような仕草をしたが、ユーセーは顔の前で手を振り、すぐにこちらに向き直った。  中性老人が去り、信号が青になるまでの間、ユーセーはポケットからグローを持ち出し、顔を手で仰ぎながら一服ふかす。  一仕事終えた、というよりも残業帰りのサラリーマンのようだ。  この時ばかりはいつも他人のフリをしたいのだが、毎回ササピーが後ろで「ハハッ!プカプカ!」と拍手喝采なので諦めた。  いくら言っても殴ってもやめない春の人の強さは計り知れない。  校舎から歩いて八分くらいかかるここのセブンは、遠いとも近いとも言えない微妙な距離のおかげで、昼休みに利用するのは僕達のみだった。  その為、未だこの喫煙も問題にはなっていない。  うんしょ、と言って縁石に座り直したユーセーのヘッドホンから流れる曲は、男女のツインボーカルに変わっていた。  この曲が終わる頃にはここから出発しなくちゃいけない。  そして次の次の曲が終わる頃には僕らは校舎の中だ。  いつもと同じ、ユーセーのヘッドホンから漏れる気怠い彼女が『振り返って逃げた』と歌う曲を聞きながら、靴を上履きに履き替える。  こうして三人だけの昼食をとるたび、僕らの夏への無意識は少しずつ肥大しつつあった。
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