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薄暗い部屋でグレイスは老人と話していた。
「とうとう王妃にも子供が産まれたそうよ」
「そうか。それは……目出度い事だ」
「でも産まれたのは女の子。安心出来ないわ」
「グレイス殿、そう心配なされずに。こんな田舎の村までは城の者も追っては来ないでしょう」
「どうかしら。産まれたのが男の子なら問題無く王位を継承出来ますでしょう。でも産まれたのは女の子よ! きっと私達の事を執拗に追ってくるに決まってます!」
「だがあれから一年。城の兵士どころか使いの者一人来なかったでは無いですか。きっとこれからも上手くいきますよ」
明かりが漏れる隣の部屋からはグレイスの息子、アレックスの笑い声が聞こえてくる。
きっと隣人のソフィアがまた笑わせているのだろう。
「アレックスの為にも、昔の事は忘れて普通の暮らしをさせてやろう」
「勿論私だってアレックスには王位よりも普通の平凡な生活を送らせてあげたいの。その為なら私は何でもするわ」
老人は
「きっと大丈夫。さぁ、アレックスの所へ戻ろう」
老人に促され、グレイスは部屋を出る。その姿を老人は心配そうに見詰めていた。
その心配は数日後に現実のものとなる。
その日、老人は近くの小川にアレックスを連れて来ていた。
アレックスは老人の手を確りと掴み、パシャパシャと川の中で足踏みをしていた。
そこへグレイスが足早にやって来た。老人はその顔を見て、何かあったのだと悟った。
「城の兵達がカラマンの街まで来くる」
「落ち着きなさい。カラマンは十数キロも先の街だ。それにカラマンはレノーシやサワランの街にも続いている。きっとそちらに行く筈だ」
「きっと!?」
グレイスは老人に詰め寄る。
「きっとなんて言ってる場合じゃあ無いわ!」
母の怒鳴り声にアレックスは不安げな顔をグレイスに向ける。
「……アレックスをお願い」
我が子をひたと見据え、グレイスは言う。
「私だって時の流れには逆らえん。残された時間は決して多くない。お前がアレックスに慈しみを与えてやるんだ」
自分を見るグレイスの目に、老人戸惑いを感じる。
「今の私に、慈しみは無い」
その後、グレイスは部屋に閉じこもり、三日後に姿を消した。
一本の魔法の剣を残して。
結局、城の兵士はこの村にやっては来なかった。
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