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 ちょうど午前十時頃、允は息子の小学校に着き、門をくぐろうとしていた。その時、他の保護者たちに紛れて歩いていたある一人の男が、不意に声をかけてくる。 「すみません、ちょっといいですか」  誰かの保護者だろうか。允より少し年上なぐらいの、眼鏡の似合う優し気な男だった。 「なん……っ」  その男を目にした途端、突然かっと体温が急上昇したかに思われ、声を詰まらせる。発情期の周期はもう超えているのにも関わらず、それに似た動悸が胸を騒がせた。  まずい、と慌ててその男から距離を取ろうとするが、何故か体がそれを拒むように動けない。そして、目は男の顔立ちや体に釘付けになってしまう。  発情期の時は無差別に体が欲しくなるものだが、今の現象はそれと違っているようだった。  ただひたすらに、目の前の男が欲しくて堪らない。それは、一目惚れなんて生易しいものではなく、魂ごと渇望しているような感覚だ。 「気が付いたみたいですね」 「何が、です?」  息を乱していたので気付かなかったが、男にぐいと腕を引っ張られて体が近付くと、男もまた呼吸を乱し、発熱しているように熱かった。 「これは発情とは違う。あなたは私の運命の番だ」  耳元で告げられた言葉を肯定するように、体がより一層熱を帯びたかに思われた。  本能的には今すぐ男と交わりたくて仕方がないのだが、その欲求を寸でのところで無理やり抑え込むと、ごくりと生唾を飲みこんで言う。 「その辺りのお話は、また後ほどしましょう。僕は息子の授業を見なければならないので。あなたも、お子さんがいるのですか?」 「それは失礼しました。いいえ、私は自分の子どもではなく、兄の子どもを見に来たのです。いつもは来ることはありませんので、今日は本当にたまたまですよ。ちなみに2組ですか?」 「いえ、息子は3組です」 「それはちょっと残念ですね。では、こうしましょう。授業参観が終わった後、お昼にどこかでお食事でもどうですか?名刺を渡しますので、良かったらご連絡下さい」  男から渡された名刺には、大手の雑誌社の名前と、編集長の肩書が記されていた。名前は、曽野村夜次(そのむらやつぐ)というらしい。 「あ、それなら僕も名刺を……」  名刺を差し出そうともたついている間に、授業開始のチャイムが鳴ってしまった。夜次と苦笑を交わし、後から渡すことにして急ぎ足で連れ立って教室に向かう。  その間、名前を聞かれたのでフルネームで名乗ると、允さん、といきなり下の方を呼ばれたが、決して不快に感じなかった。それどころか、なんとも甘美な響きだと、体の疼きを抑え込むのに苦労するほどだった。    
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