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 梅雨が明けたばかりなのだが、既に()だるような暑さのある日だった。唐木家に新たな命が誕生した。  両親は母親の依織がΩ、父親の充也(みつや)がαの一般的な夫婦だ。万が一、Ωの子どもが産まれた時に周りを刺激しないようにとの配慮で、身内だけを集めての出産だった。幸い、充也の姉に当たる乙羽(おとは)は助産師で、自らも出産の経験があるため、自宅での出産もさほど難しくはなかった。  しかし、問題は出産後だった。(つがい)がいる依織、充也の夫婦や彼等の両親は問題なかったのだが、独り身のβ性の乙羽、それからα性の依織の弟、志貴は赤子を目にした途端、顔を(しか)めた。  それはその子が特別醜かったからではない。通常、Ω性であっても発情期を迎えた時にフェロモンを発するはずで、こんな産まれたばかりの赤子が発情期を迎えているはずがないのだが、どういうわけか尋常でないほどのフェロモンを放っているのである。  乙羽と志貴はフェロモンを吸わないように、慌てて部屋を出て行った。身内でさえこの有様である。先行きが不安になりながら、残された四人は顔を見合わせた。 「これは困ったことになったな。こんな赤子に抑制剤を飲ませてよいものか」  と、充也の父が唸りながら言った。 「産まれたてでこんなことになるなんて。他に例を聞いたことありません。抑制剤も効かないかもしれません。この子には可哀想ですが、家に閉じ込めておくしかないかもしれませんね」  今度は依織の父が困り顔でそう言って、依織と充也の方を見た。 「そんな……」  依織は赤子を抱き上げ、涙を(こぼ)しながら充也と身を寄せ合った。しばらくそうやって二人は息子を眺め、黙り込んでいたが、その後互いに顔を見合わせて頷き合う。そして。 「せめて一生を閉じこもって過ごすことがないよう、何かいい方法を必ず見つけ出しましょう。それまでは、私たちでこの子を守ります。お母さん、お父さんたちも協力してくださいますか」  二人の目に強い決意の光が灯るのを見て、それぞれの親も覚悟を決めた。 「ああ、もちろんだ」 「協力は惜しまないよ」  親族たちの覚悟をまだ理解できない赤子は、母親の腕の中で泣くこともせずにすやすやと眠っている。後に、子どもは父親の名前にちなんで、(みつる)と名付けられた。
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