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1-2
その日、身内の誰かが不幸な事故に見舞われたとかで、允の見張りをしている者は全員出払っていた。
そして、うっかりしていたのか、いつものように外側からしか開けられない部屋ではなく、内側からも開けられる部屋に入れられていたので、これ幸いと允は部屋を抜け出した。
しんと静まり返った家を出て、何年かぶりの外の空気を胸いっぱいに吸い込む。窓まで締め切られることはないのだが、実際に外に出て吸う空気は想像以上においしく感じられた。
「どこに行こう……」
一応辺りを確認したが、身内らしき姿は一人も見当たらなかった。それでも、誰かに聞きとめられるのを恐れるように、小声でそっと呟く。
ほとんど外に出たことがない允は、当然ながら行き先は数えるほどしか知らない。
精々、病院ぐらいしかないので、選ぶ余地もないのだ。自分の呟きがおかしく思えて、噴き出した。
「取り敢えず、ふらっと街の方にでも」
そう独りごちて、携帯も財布も何も持たずに、思い付くままに見知らぬ道を歩き始める。
直接浴びる太陽の光から、テレビでしか見たことがない犬や猫といった動物たち、それから街路樹や連なる家々まで、何もかもが真新しく新鮮で、美しく見えた。
あんなに外は恐ろしいと言われてきたのが嘘のように、世界はどこまでも優しく、允の背中を押すように追い風が吹いた。
それに従い、允は笑い声を立てながら駈け出していく。すると徐々に人とすれ違うようになってきて、その数も増していき、ついに大通りまで出た。
車も行き交っていて、騒々しい街並みの中で恐怖を覚えるどころか感動しきりだった。
「すごい、すごい、すごい」
それしか言えない人形やロボットのように、允はひたすら繰り返し騒いだ。
時折、怪訝そうに人々が振り返るが、それにも気にも留めないで、幼い子どもの様に駆けずり回る。
しかし、何しろ允は家に閉じこもって生活していたので、体力もあまりなく、すぐに息を切らすことになったのだが。
ひとしきり騒いで落ち着きを取り戻した允は、次は何をしよう、あそこに行ってみたいとあれこれ考え始めたのだが、後ろから近付いてくる影に気付かなかった。
「んぐっ!?」
突然、口を何かで覆われる。何が起こったのかと焦っていると、耳元で荒い息遣いがした。
「この匂い、たまんねえな。今までのどのΩより興奮するぜ」
「そうだな。早くがばがばに犯してやりてえ」
気が付けば、何人かの男たちが允を囲い、そのうちの一人が羽交い絞めにしてきていた。
「んんっ」
離して欲しくて暴れるが、男の腕はびくともしない。
「ほら、これ吸って大人しくしな」
男が取り出した布のようなものに鼻ごと覆われ、強い刺激臭がした。恐怖に呑まれながら、次第に意識が遠のいていく。
下卑た笑いを耳にしながら、これが母と父が恐れていたことなのだ、ごめんなさい、助けて、と必死で心の中で叫び続けた。
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