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 その日、身内の誰かが不幸な事故に見舞われたとかで、允の見張りをしている者は全員出払っていた。  そして、うっかりしていたのか、いつものように外側からしか開けられない部屋ではなく、内側からも開けられる部屋に入れられていたので、これ幸いと允は部屋を抜け出した。  しんと静まり返った家を出て、何年かぶりの外の空気を胸いっぱいに吸い込む。窓まで締め切られることはないのだが、実際に外に出て吸う空気は想像以上においしく感じられた。 「どこに行こう……」  一応辺りを確認したが、身内らしき姿は一人も見当たらなかった。それでも、誰かに聞きとめられるのを恐れるように、小声でそっと呟く。  ほとんど外に出たことがない允は、当然ながら行き先は数えるほどしか知らない。    精々、病院ぐらいしかないので、選ぶ余地もないのだ。自分の呟きがおかしく思えて、噴き出した。 「取り敢えず、ふらっと街の方にでも」  そう独りごちて、携帯も財布も何も持たずに、思い付くままに見知らぬ道を歩き始める。  直接浴びる太陽の光から、テレビでしか見たことがない犬や猫といった動物たち、それから街路樹や連なる家々まで、何もかもが真新しく新鮮で、美しく見えた。  あんなに外は恐ろしいと言われてきたのが嘘のように、世界はどこまでも優しく、允の背中を押すように追い風が吹いた。  それに従い、允は笑い声を立てながら駈け出していく。すると徐々に人とすれ違うようになってきて、その数も増していき、ついに大通りまで出た。  車も行き交っていて、騒々しい街並みの中で恐怖を覚えるどころか感動しきりだった。 「すごい、すごい、すごい」  それしか言えない人形やロボットのように、允はひたすら繰り返し騒いだ。  時折、怪訝そうに人々が振り返るが、それにも気にも留めないで、幼い子どもの様に駆けずり回る。  しかし、何しろ允は家に閉じこもって生活していたので、体力もあまりなく、すぐに息を切らすことになったのだが。  ひとしきり騒いで落ち着きを取り戻した允は、次は何をしよう、あそこに行ってみたいとあれこれ考え始めたのだが、後ろから近付いてくる影に気付かなかった。 「んぐっ!?」  突然、口を何かで覆われる。何が起こったのかと焦っていると、耳元で荒い息遣いがした。 「この匂い、たまんねえな。今までのどのΩより興奮するぜ」 「そうだな。早くがばがばに犯してやりてえ」  気が付けば、何人かの男たちが允を囲い、そのうちの一人が羽交い絞めにしてきていた。 「んんっ」  離して欲しくて暴れるが、男の腕はびくともしない。 「ほら、これ吸って大人しくしな」  男が取り出した布のようなものに鼻ごと覆われ、強い刺激臭がした。恐怖に呑まれながら、次第に意識が遠のいていく。  下卑た笑いを耳にしながら、これが母と父が恐れていたことなのだ、ごめんなさい、助けて、と必死で心の中で叫び続けた。  
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