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2-1
「ノア、体操着持った?」
「うん。お父さん、今日来るんだよね」
「参観日だからね。お前、また背が伸びたんじゃないか」
「そう?」
小学校の制服に身を包んだ息子の背中で、青いランドセルが僅かに縮んだように見えることに驚き、眩しく思いながら目を細めた。
両親や親戚の助けもあり、なんとかノアが小学校に上がる時には実家を出て二人暮らしができるまでになっていた。
もっとも、允がΩ性だということもあり、未だ古い価値観で社会的に差別されがちな立場であるうえに、まともな学もないので、父親のコネでなんとか入社した会社で平社員を続けてやっとというところだ。
今ではよほどのことがない限り、自分の発情期を持て余すことはなく、わりとうまくコントロールできている方だと思う。
それも周りの助けや息子の存在があってこそだと思うと、改めて考え深くノアを眺めてしまうのだった。
「お父さん、なんか泣きそうになってない?」
「い、いや、そんなことはないさ。それより、早く行きなさい。お父さんも二時間目には間に合うように行くから。算数だったかな」
「そうだよ。俺、発表とかできないから期待しないでね」
「いつも通りにすればいいから。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
元気よく駈け出していく息子を笑顔で見送り、腕まくりをして家事に取りかかる。家に閉じこもって暮らした生活が長かったおかげか、家事に関してだけ言えばそこらの主婦にも負けない自信がある。
手早く食器洗いを済ませ、洗濯物を干しにベランダへ出ると、九月の残暑が混じる生ぬるい風に迎えられた。
「うん、いい天気」
マンションの5階から眺める空の色は、どこまでも高く澄み渡っている。
大きく伸びをしながら、一息ついて時計を確認し、手慣れた動作で洗濯物を干しにかかった。空が晴れているからとか、たったそれだけの理由かもしれないが、今日はいい日になりそうだと思った。
そして、その予感は当たるのだった。
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