ホール、ホールド、オーバーホール

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 あのとき、かなえの姿を見かけた瞬間は、夢を見ているのかと思った。  私の中学校のとはデザインが違う、紺のブレザーの制服を着たかなえが、肩までの長さにそろえた黒い髪をなびかせて、ビルの入り口へと、ほかの中学生たちとともに吸い込まれていくのを見たとき、私は周囲の流れに反して、その場に立ち止まってしまった。  他の人たちからしたら、まったくなんでもないであろうこの一瞬は、私にとっては、現実から切り取られた運命の一瞬みたいだった。  たくさん歩いている、まわりの人たちは風景の一部にすぎず、ただ、かなえだけが浮かび上がるように輝いて、私の目に飛び込んできたのだ。  四月に出会った、春の夜のかなえは、きりっとした表情をして前だけを見ていて、ほんの一か月ぶりくらいにあったのに、なんだかすでに少し大人びた雰囲気に見えた。  それがとても、私をときめかせ…そしてちょっと悲しいような、せつない気持ちにさせたのを覚えている。  時間の変化…それは成長ともいうけれど、それによって小学生のかなえはいなくなり、代わりに中学生のかなえが現れた。  それはとても魅力的で…同時に、さびしいことでもあった。  とはいっても、そういったことについて当時の私ははっきりとは理解しておらず、ただ、久しぶりに見るかなえにドキドキしているばかりだったんだけど。  とにもかくにも私とかなえは、こうして英語塾で偶然にも再会したのだった。  母親から、中学生になって英語の授業についていけないと困るだろうから、高校受験も見据えて、今から英語だけは習っておいた方がいいだなんて塾を勧められたとき、面倒だなぁって嫌な気持ちになっていたんだけど、そんな憂鬱な気持ちも、かなえの姿を見て、一気に吹き飛んだ。  これから毎週、かなえに会えると思ったら、ものすごくうれしくて学校が終わったあとの英語塾が楽しみで仕方がなかった。  このときの私は、かなえとの関係は、小学校のときの延長線上のようなものとしか捉えていなかった。  好きな子と、また同じ空間にいられるって、そうしてその声を聞いたり、誰かと楽しそうにしているのを見ていられるって、それだけで満足だったから。  でも、それはちがった。  私たちは、小学生とは違ったのだ。  ある日の授業前、時間になって、いつものように空いている席に座り授業が始まるのを待っていたら、遅れてやってきたかなえが、するりと私のとなりの席に座ってきたのだ。  そして、かなえの方から「ひさしぶりだね」って声をかけてきた。  そのとき私はものすごくおどろいて…そりゃあもう心臓が口から出るんじゃないかってくらいおどろいて、一瞬、声を出すことを忘れてしまったくらいだった。  ただバカみたいにかなえの…よく見知っているその顔を、今までで一番すぐ近くにある彼女の顔を、ぽかんとみつめていた。  
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