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そんな私の態度をかなえが不審に思っても当然だった、いつまでも私が返事をしないでいるとかなえは、困った顔をして「私のこと、忘れちゃった?」と言った。
そんなはずない、私はあわてて首を振った。
するとかなえは、そんな私の様子を見て、なんだか満足したのか、一度うなずくと、ちょうどそのとき塾の先生が教室内に入ってきたところだったので、そこで話は一度中断される。
となりに、かなえが座っている…それだけで、ドキドキと落ち着かないくらいに私は興奮していたけれど、必死にそれを態度に出さないように注意しながら、がんばって授業に集中した。
それでも時折、バレないようにちらちらと、となりに座るかなえの横顔や、彼女が使っているシャーペンの形(それはシンプルなピンク色のものだった)そこからスラスラと字が紡がれているアルファベットの形を見ていた。
その日の授業はあっというまに過ぎていった。
こんな日は、今日だけだと、たまたまラッキーなだけだったんだと、私は思っていた。
だけど、そういった二人で過ごす時間は結果的に、中学生のあいだずっと続くことになった。
この英語塾はもともと少数で授業を行うところだったし、まわりはいろんな中学校から通ってきてる知らない子たちばかりで、さらにいうと同じ小学校の出身者なのは、私とかなえだけだった。
だからあの日、小学生の頃は同じクラスであってもほとんど関わりないがなかったのに、かなえの方から私のとなりの席に座って、私へ声をかけてきたのは、まわりがまだ知らない子たちばかりで不安だったからなんだと思う。
まったく知らない子に声をかけるよりは、二年間同じクラスにいてそれなりに素性の知れている私に声をかける方がハードルが低かったのだろう。
当時の私でも、それは分かっていた。
でもとにかく、そういった状況がきっかけとなって、私とかなえの距離ははじめて一気に縮んだのだった。
これまでは集団のなかの中心にいるかなえと、その端っこから見ている私に過ぎなかったのに、今では隣同士の席で、かなえと私のふたりきり。
私たちは、はじめてふたりだけになったのだ。
いつも塾での授業中はとなりの席に座って、短い休憩時間は二人で話をした。
かなえは私だけを見て、私にむかって話しかけていた。
なんだか妙な気持ちだった。
例えるなら、それはなんていうか…よくみんなが夢見るシチュエーションで言うと、いままでずっとファンとして追っかけをしていたステージ上のミュージシャンが、今では自分の彼氏…みたいな、そういう感覚に似ていたのかもしれない。
だからこのときは私も、そこにいる目の前のかなえに、友達という至近距離から見えてくる彼女の日常の姿に、わくわくとしていて、それを知ることができる自分というものに有頂天になっていた…ような気がする。
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