ホール、ホールド、オーバーホール

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 小学生の頃から、かなえの方が私より全体的に成績はよかったけれど、こうして英語塾に通うようになって、かなえはよく私に授業について質問をするようになっていた。  かなえがとなりの席に座るようになり、彼女の動向をすぐそばから確認できるということは、逆にいうと私もすぐそばで、かなえから見られているということになる、だから恥をかかないよう、うちに帰ってからも、学校でも、英語だけはものすごく勉強したから、このとき私はちょっとだけ、かなえよりも英語が得意になっていた。  まあ、かなえが本気を出して、私を抜かしてやろうと思えば、あっさりとそうできるくらい、頭ちょっと抜きん出てる程度の成績差だったけど。  そうして何がきっかけになったかはもう忘れてしまったけれど、やがて私とかなえは、英語の学習ノートを一冊共有して、週ごとに交換するようになった。  その日の授業の注意点だとか、むずかしい文法のチェック、よくわかりづらい単語の確認だとか、相手に質問したい箇所、そういったものをノートに書いて、順番に預かりあう。  で、相手が書いた疑問の答えなんかを自分で調べてノートに書きこんで、次に会ったとき渡す、そういうことをしていた。  この頃にはラインでやりとりすることもあったけど、私はこの交換ノートが大好きだった。  これこそが本当に、かなえと私のふたりだけの空間って感じだったから。  もちろん勉強のために始めたことだから、内容は英語に関することがメインなんだけど、そのほかにもノートの端っこの方にかなえは、犬みたいなキャラクターの落書きや「あーねむいー」なんてコメントを書いたりしていて、それがすごく好きだった。  シャーペンで書かれた、かなえの文字の形や(それは大人みたいにきれいな字だった)まるっこい犬の絵を見るのが、好きだった。  筆跡から、かなえの感情の変化がよく分かったし(疲れてるとか、不機嫌とか)いま私が触れているこの紙のページを、かなえも触れて、見て、熱心に字を書いていたんだと思うと、妙に胸が熱くなった。  それはラインからじゃ、感じ取れないことだから。  他にも時折ノートには、かなえの通う学校での出来事だとか家族のこととか(それは自慢だったり愚痴だったり)いろんなことが書かれていたし、私は、これまでただ遠くから眺めていただけじゃ知ることのできなかった、かなえという女の子のこと、その内面をどんどん知ることができた。  そして、かなえもまた、そういったやりとりの中で、私という人間がどういったものなのか、同じようにして理解していってくれたみたいだった。  一緒に相手の腹の立つことについて怒ったり、あるいは嬉しかったことを喜んだりして、私たちは…そう、本当の友達に…一番の親友になれたんじゃないかって、このとき私は思っていた。  もしかしたらこの私こそが、あのみんなの中心にいたかなえの、本当の理解者になっているんじゃないかって。  ただの顔見知りからクラスメイトへ、そして今では、私たちの関係は『親友』へとジョブチェンジした…のだろうか。  この、英語塾に通っていた頃の私たちは、いちばん幸せだったのかもしれない。  
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