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「違いますよ! 失礼な!」
ところが軽い気持ちで私が発した「モグラさん」という単語に、相手は食い気味で激しく否定してきた。
まるでひどい侮辱を受けたとばかりに、今までで一番きつく怒った口調で声を荒げる。
「モグラなどと…あんな粗野な連中と一緒にしないでください!
ほら見てください、アタシのこの立派な尾っぽを!
こんなにも長く艶やかで美しい上等な尾っぽを、あんな土まみれの連中が備えているとでも思いますかっ!」
「はあ…すみません」
いや、そうは言われても、その素晴らしく立派な尾っぽとやらを、こう暗くちゃ私はこの目で見ることができない。
けれども相手はそのことが分からず(なぜだ)見せつけるみたいにして、その自慢の尾っぽを私にむかって、動かしてみせたようだった。
ひんやりとした穴の底の空気が、なにかに揺らされて微かに動く気配。
そして、その尾っぽとやらの毛先が、またしても私の足にほんのちょっと当たったことで、本当に彼は長い尾っぽを持っているらしいと判明した。
その尾っぽの動きは、足元にすりよってきたときの猫のものと感覚がそっくりだったから。
そんなわけで、まだプンプンと腹を立てている相手は、モグラではなく猫である可能性が高くなった。
でも「じゃあ、あなたは猫さんですか?」なんてことを尋ねるのはやめておくことにする。
これがまたしても不正解で、さらに相手の気分を損ねるようなことになってしまったら困るからだ。
そこにいる相手が、モグラか猫かあるいはクマかなんて、どっちでもいいことだ。
今はもっと気にしなくちゃいけないことがある。
「あのーそれではご迷惑をおかけしているようですし、私としても、ここから出ていきたいと思うんですけども、出口はどこにあるでしょうか?」
まさに私は、あの遥か頭上に見える夜空の穴から落ちてきたけれど、この猫さん(仮)がいきなり私の足元に現れたってことは、別の抜け道もあるはずなのだ。
私はこう思った。
それこそ猫が使うような横穴が、この暗闇のなかに隠されているんじゃないか、その横穴からこの猫さんはやってきたんじゃないか、だったらその横穴から、外に出られるんじゃないかって。
その出口の場所を教えてほしい、だからこれ以上、猫さんを刺激するわけにはいかないのである。
そんなわけだから私なりにヘコヘコと腰を低くしながら丁寧にお尋ねしたのに、猫さんの返事はそっけなかった。
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