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「知りませんよ、そんなこと。
ご自分でここまでやってきたんですから、ご自分で出ていってください」
うわぁ…マジそっけない。
気分を損ねさせてしまったせいなのか、猫さんはそんなどうしようもないことしか言ってくれなかった。
あるいはこの猫さんは、もとからこういうサバサバした口調なのかもしれないけれど。
しかしとにかく、ここで口ごたえのようなことを私が言って、ますます猫さんのゴキゲンを悪くするわけにはいかない、どうにかして出口を教えてもらわなければ。
「いや、そうしたいのはやまやまなんですが、ほら、あんなに高い場所に出口があったんじゃ、私には手が届かないんです。
あまりにも高いところから落っこちてきてしまったみたいなので、出ていきたくても、出ていけないんです」
ちょっと同情を誘うようにして、いかにも哀れなカンジに私がそう話すと、足元の暗闇のなかで、フンッとまた荒い鼻息が聞こえてきた。
「そりゃ、来たときと同じじゃ戻れませんよ。
右から来たのなら左から出ていく、上から来たなら下から出ていく、逆のことをすれば戻れるんです、当然でしょ」
「ああ、そうですよねぇーホントそのとおりです。
だけどそのー、あの上に見える穴のほかにも、外へ出ていくための道がどこかにあるんじゃないでしょうか?
だって、じゃないとあなた様は、どうやってこの穴の中へやってきたっていうんでしょう。
私はずーっとここにいて、あの、まあるい穴を見上げてましたけど、私の他にはだーれも落ちてきてませんでしたから」
またしてもヘコヘコと腰を低くしながら、お代官様に頭を下げる悪徳商人みたいに私がそう言うと(なんかみじめだ…)それを聞いた猫さんは今度、へッとバカにしたような鼻息を出しながら(その鼻息は力強くて、私の足にまで風圧がきた)こんなふうに笑う。
「お嬢さん、あなたがアタシたちの道を通って、アタシたちと同じようにここから出たいですって?
そりゃあ無理な話ですよ、だってあなた…こんなこと言っちゃあ悪いですけど、ちょっとおしりが大きすぎますよね、お嬢さんみたいに図体の大きな人間には、とてもじゃないけど、せいぜい頭が入るかどうかってとこでしょうね」
ぐうぅっ! 年頃の乙女に向かって、尻がでかいですって!? 私はごく普通の標準体型だっての! このっ、毛むくじゃらモグラもどきめーー! …と、本当はつっこんでやりたいけれど、グッとこらえて我慢する。
「それにあなたは、重いから、落ちてきたりなんてするんです。
とにかく、自力で出ていってくださいよ、お嬢さん、まったく…」
怒りでぷるぷるする私のことなど当然気にすることもなく、猫さんはツンとすましてそう言った。
暗闇のなかでも猫さんは、シッシッと私に向かって手を払っているような(それは肉球のついた柔らかい前足なのだろうか?)そんな幻覚が見えた気がした。
まったくって、…それはまったく、私が言いたいセリフってやつだ。
なんだって私は、朝から重い足を引きずって学校に行き、神経をすり減らしながら、ひたすらノートにパンを走らせ過ごしたあと、お次は塾ではたまた無機質に教科書をみつめて過ごして、それがやっと終わったと思ったら、まぬけにも落っこちた地下の穴のなかで、訳の分からない猫からお叱りを受けている、…まったくなんなんだろう、私の人生って。
軽く頭を振り、気分転換のため、すうーっと深呼吸をしてみた。すると、しっとりと冷たい空気が肺の中に入ってくる。
意外にもそれは清涼な気持ちよさがあった。
まあ、文句を言っていても仕方がない、それに私にはさっきから気になっていることがある、そっちの方が大事だ。
私の背後にある、ひんやりとしたコンクリートの壁をなでる。
「あのですね…」と私は、そこにいるであろう自分の足元へむかって声をかけたあと、そのまま「猫さん」と思わず続けそうになって慌てたものの、平静を装って、こんなことを口にしてみた。
「ところで、この壁のむこうにも誰かいるんですか?
私以外の人も、同じようにして穴の中に落ちているんですか?」
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