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act.11
一連の出来事などや思っていることを、言葉で説明するつもりはなかった。必要ないと思ったからだ。
ただ、紅茶を淹れた。普段どおりのかぐわしい茶葉の香りが部屋を満たす。
授業のはじまりを告げるチャイムなど、とっくに鳴り終えたのだろう。聞こえやしなかったけれど、部室の時計の針は授業中の時間を指していたから。
けれどそれを見ても、私は「急がなくちゃ」なんて言うつもりはなかったし、舞李もそうだったらしい。普段は二人ともどちらかというと優等生であるというのに。
むしろ、顔を見合わせて、なんだか笑ってしまった。授業をサボったことにではない。
「お茶でもいかが?」
私は言ったし、舞李も「いただきます」と言った。
それで私はいつもするように、いや、いつもよりずっとていねいに紅茶を淹れた。
出来上がった紅茶には、当たり前のように舞李のはちみつの瓶を添えた。
今は二人だけの、お茶を飲むテーブル。二人で「いただきます」と言って、瓶を開ける。舞李も私もスプーンひとさじずつ、それを入れた。
紅茶に落としたはちみつは、きっともうただのはちみつになっていた。溶けて紅茶に混ざって消えていく。
お茶を飲む間、ぽつぽつと話す内容は何気ないことだった。話題なんてなんでも良かったので。
授業をサボらせてごめんなさい、とか、かまいません、とか、でもちょっと新鮮ね、とか。そんなこと。
紅茶もなくなりそうになった頃、ふと舞李が言った。ティーカップを大切そうに手で包んで。
それは私が先程、舞李のやわらかな頬を包み込んだような手つきで。
「私のことを甘いって言いましたけど、揚羽先輩も甘い香りがするんですよ」
舞李は、はにかんだように笑うけれど、それは私にとってだいぶ驚きだった。
香り?
もちろんシャンプーだの香水だの、無粋な香りであるはずがない。
「シロップみたいな、甘い香り」
「お菓子みたいで幸せな気持ちになるんです」
そのとおりの幸せそうな表情で、舞李はふたこと、言った。
そしてこれだけはちょっと恥ずかし気に、頬を薄桃色に染めて言ってくれたのだった。
「私もずっと、それを味わってみたかったんです」
それは彼女も私と同じ体質を持つということだろうか。
一瞬考えたけれど、すぐに違うだろうと思った。
女の子の持っている『甘い香り』。
それは私でなくてもきっと誰しも胸に抱えている、大切なひとに届けるための道しるべ。
(完)
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