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act.4
「じゃあみんな、帰りましょうか」
部活動終了時間を告げるチャイムが鳴って、部長が言った。部員のみんな、めいめい使っていた資料やなんかを片付けて、帰り支度をはじめる。
「今日はおしまいね」
今日の資料作成、兼、舞李への教授もおしまい。私の言葉に舞李は「はい。今日はありがとうございました」と、やはり律儀に言った。
「参考になれば幸いよ」
私は言い……ふと、思いついた。
「舞李さん、帰りはどちら?」
「えっと、駅まで歩いていって、そこから……」
「あら、私の隣の駅ね」
舞李の言った駅は、私の降りる駅のひとつ手前にあるものだった。中学校が違ったのはもちろん、街中で見かけたことがなかったのも、隣の街に住んでいたからなのだろう。
「せっかくだから一緒に帰らない?」
私が何気なく提案したことには、なんだか嬉しそうな声が返ってきた。
「いいんですか? ぜひ」
嬉しそうにされればこちらも嬉しいではないか。今日は私も同じ方向に住んでいる部活仲間はいないのだし。
そのような経緯で途中まで一緒に帰ることになった。スクールバッグを持って学校を出て、駅までは歩いて十分程度。その間に、部活中はあまり話せなかった、個人に関する話をした。
私の出身中学校だの、交友関係だの、あるいはなんの科目が得意だの。そんな他愛ないこと。
舞李は決して饒舌(じょうぜつ)というわけではなかった。けれど寡黙とは程遠い。同学年の友人たちといれば、きっと『どちらかといえば聞き役』になるタイプなのだろうと思わされた。私の話もよく聞いてくれて、自分のこともいくつか話してくれた。
そして電車に乗って、舞李の降りる駅が近付いたとき言ってくれた。
「新しい部活で少し不安でしたけど、部長さんも揚羽先輩も優しくしてくださって嬉しかったです」
そして改めて「これからよろしくお願いします」とも。
優しい、と言われた。つまり対応が良かったと言われたことであり、私はちょっとほっとした。今日、短い時間ではあったけれど、一緒に過ごした時間で好印象を持ってくれたことに。
「ええ、こちらこそよろしくね。……じゃあ、気をつけて」
電車が駅に到着したので私はそう言った。舞李は、「お疲れ様です」と言って、電車から降りる。ドアが閉まっても、ホームで見送ってくれた。
電車が発車して、私が手を小さく振ってみると、にこっと笑って振り返してくれる。とてもかわいい仕草だった。私の心をあたたかくする。
それから一人になった、一駅分の電車。そこから駅から家への帰り道。私は楽しい気持ちで帰ることができた。
いい後輩ができた、と思う。そして舞李とうまくやっていけそうな予感が、そこからすでにしていた。
帰宅してからお風呂に入り、私はダイニングキッチンへ向かった。今日の『食事』をとるためである。
今日はなにを食べようか少し悩んだのだけど、手を出したのははちみつの瓶だった。種類としては、レンゲのはちみつで鮮やかな黄色。
金色のそれを、木のスプーンですくいあげる。
これははちみつ専用のスプーン。はちみつは金属製の食器を嫌うのだ。
とろりとした蜜をたっぷりとすくって、垂れる蜜を切って、そうしてから、こぼさないように口へ。口に含めばレンゲの花のような味がいっぱいに広がった。
はちみつとしてはあっさりめでクセの少ない、レンゲ。手に入りやすいし食べやすいので、私がよく口にしているものである。
食べやすいこともあり、ついでに私の感覚であるところの空腹感があったので、いつもより少し多く食べてしまった。それでも三匙も食べればおなかが満たされる感覚がしたので、そこでおしまいにすることにする。
しかし私ははちみつを食べている間、漂っていた香りが気になっていた。
なんだか今日の部活中、隣から感じられた舞李の香りに似ているような気がしたのだ。
思ってしまった私は、ついはちみつの瓶をまじまじと見てしまう。
しかしすぐに首を軽く振って、いつもと同じようにスプーンを洗って、瓶もきれいに拭いて『食事』を終わりにした。
そんなはずはないだろう。それに、はちみつの香りとはまったく違うと言い切れる。
でもなにか……『同じ種類の香り』のような感じはした、ような気がする。
曖昧過ぎるが、それは余計に不思議な香りであり、感覚であった。
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