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act.9
帰り道でのすっきりしない出来事より、どこか釈然としない思いを抱えながら私は今日は残りの帰り道を一人で帰った。家へ着き、まずはいつもどおりお風呂に入った。寒かったので少し長めにお湯に浸かって体をあたためる。
そして『夕食』を食べようと、ダイニングキッチンへ入ったのだが。
瓶のふたを開けて私は愕然とすることになる。
香りがしない。
あれほど芳醇だった香りは消え失せていた。
数秒、私は立ちつくしていた。
今日は冷え込むから、はちみつが寒さで固まってしまったのかしら。
ぼんやり思った。
確かに最近寒いので、朝起きたときなどは寒いキッチンにあったからか表面が固まっていたことはあった。
けれどそのときだってちゃんと香りはしたのだ。花のように甘くて、ふわりと身を包んでくれるようなやさしい香りが。
私はおそるおそる、スプーンを入れてはちみつをすくった。寒いので少々硬くなっていたが、今は朝ほどは冷え込まないので一応液体ではあった。
やはり香りはしない。そこですでにわかっていたのだけど、スプーンを口に入れて私は絶望した。
おいしくない。
人間でいうところの『砂を噛むような』という味なのだと思う。確かに口に入れ、食べた感覚はするのに、おいしいという気持ちが起こらないのだ。
どうして。朝は確かに甘い香りも幸せな味も存在したのに。私を満たしてくれたのに。
たった半日ほどで消え失せてしまった、はちみつからの香りと味。魅力の九割以上は失われてしまったといっていい。
極上の蜜。それがなくなってしまった。
それでは私は、これからなにを食べて生きていけば良いのだろう。
食べられるものはないわけではない。このはちみつも、ほかの砂糖やシロップだって、食べれば一応栄養素にはなる、と思う。
けれどそれがおいしいかといったら答えはNoであり。
おいしくない、つまり満足できない食事になんの意味があろうか。遅かれ早かれ食べたくなくなってしまうだろう。
そうしたら私は。
……飢えて死ぬのかもしれない。
考えた私は、奇妙に冷静だった。
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