拝啓、イケメン様

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拝啓、イケメン様

 海山が恋しい季節になりました。体調にお変わりありませんか?  突然このような手紙が届きさぞ驚かれた事でしょう。本来なら直接お話させて頂くのが筋ですが、貴方様の前では緊張して何も言えなくなってしまうので筆を執らせていただきました。  思い返せば貴方様との出会いはまるで少女漫画のようでした。  学校へ急ぐ私は曲がり角で貴方様とぶつかり、顔を上げたその先に驚く程美しい貴方様を見て言葉を失いました。しかし貴方様は舌打ちして『ボサッとしてんじゃねぇよクソチビ』と暴言を吐き、そのまま立ち去りましたね。  貴方様にぶつかった衝撃で私のお弁当は無惨(むざん)な姿に変わり果てました。  悲しみに暮れながら教室に向かうと貴方様は転校生として紹介されて私の隣席にドスンと座られました。  貴方様の存在に級友たちは浮き足立ち好奇心旺盛に話し掛けましたが、一言も発する事なく窓を眺めていましたね。  カーテンで外が見えないにもかかわらず窓を凝視される貴方様は“この世の者ではない何か“を感じ取られているようで大層不気味でした。  しかし私の視線に気付いた貴方様は『何見てんだボケナス』と舌打ちし、それ以来心の中で【舌打ち暴言野郎】と呼ばせていただきました。ええ、貴方様が大嫌いでした。  日直の仕事をせず帰ろうとした貴方様を追い掛けると『俺に付き(まと)うなチビ!』とストーカー扱いした事も根に持っております。  そんなある日、教科書を忘れた私に貴方様は無言で机をくっつけて真ん中に置いてくれましたね。私が見やすいように傾けていた事も大変助かりました。  そういうところですよ。私が貴方様を嫌う理由は。  冷血イケメンのふいに見せる優しさは不良と仔犬ぐらいの破壊力があり、いつも課題を写させてくれる山田くんよりもちょっと親切にしただけの貴方様の方が好感度が上がるなんて不平等じゃないですか?私が山田くんの立場なら絶対に許せません。  あれから貴方様は最初の頃とは別人のように私に優しくなり高い所の本を取ってくれたり重いノートを一緒に運んでくれたりしましたね。  たまに見せる無邪気な笑顔や真剣な表情にドキリとしつつ、私は貴方様と過ごす日々を楽しんでおりました。  しかし先日貴方様に『お前の事が好きなんだ』と告白されてしまい、未だに動揺が隠せません。  曲がり角で出会いいがみ合っていた二人が付き合い出すとなると令和の新時代にあまりにも古典的でベタすぎると思いませんか?  私は少女漫画みたいなベタな展開が好きではないので、友だちのまま現状維持したいと考えております。  ええ、今の時代多様性ですから男同士である事を理由にお断りしているわけではないので悪しからず。  それでは暑い日々が続きますがご自愛下さい。                      敬具                    吉田茂男(よしだしげお) 追伸 私の臀部(でんぶ)をみだりに撫で回すのはお控え下さいませ。    
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