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『この説話の教訓を二十字以内で答えなさい』
出た。口元がゆるむのがわかる。
「どんな事にも、先導者がいて欲しいものだ」と書きながら、ほんとうにそうだ、としみじみ思う。古文なんて、勉強しても一体いつ役に立つんだと思っていたけれど、意外と今の生活に通ずる物がある。
解答の見直しをもう一度して、鉛筆を離した。
この科目で、中間テストは終わりだ。週末には晴彦と下着を買いに行く。智くんに見せても恥ずかしくない、上等な下着を。
ふと、教室を見渡して考える。
このクラスには三十八人の生徒がいる。そのうち女子は十六人だ。
問題用紙の隅に、十六、と書いてみた。彼氏がいる子が半分として、八人。
その中で、付き合っている相手に下着を見せるほどの関係になっている子は何人いるのだろう。半分くらいはいるのだろうか。
チャイムが鳴って、先生が、そこまで、と声をかけた。
がちゃがちゃと筆記用具を置く音がそこかしこから聞こえる。後ろの人から回ってきた解答用紙に自分のものを重ねて前の人に渡す。
先生が集め終えて教室から出ていき、終わりのホームルームが始まるまで、みんな羽を伸ばし始めた。さっ、と消しかすを集めて手に持ち、自分の席に戻る。
「ちぐさ、お疲れ」
声をかけられ顔を上げると、絵美はもうそこにはいなかった。私の前の人のいすを躊躇いなく引き、座っている。吉野さんの席だ。トイレにでも行っているのか、本人はいないが、帰ってきても退いてくれ、なんて言えないだろう。吉野さんはおとなしく、絵美はそういった子たちをあまり好ましく思っていない。
絵美は思いきり背伸びをして、陸上で鍛え抜いた足をコンパクトに組んだ。耳にかけた髪の毛は短く、日に焼けた精悍な横顔はやっぱり智くんと似ている。
「今週の日曜、空いてない?」
「日曜?」
「俊くんの映画が公開なんだよねー」
絵美に代わって答えたのは、いつの間にか近くに来ていた毬江ちゃんだった。
後ろからぎゅっと抱きしめられ、ふわふわの髪が頬をかすめた。どことなく湿った、甘い香りに包まれる。
俊くん、というのは二人が今はまっている俳優だ。
大きな垂れ目に、口角の上がった薄い唇、笑うとえくぼができる愛くるしい顔立ちだが、モデル出身で体格が良く、そのギャップがたまらないらしい。
今回の映画は、俊くんの初主演映画ということで、決まったときは二人とも大はしゃぎしていた。
「あたし、今週の日曜は午前練だけなんだ。マリも空いてるらしいし、三人で観に行きたいと思って。どう?」
「あー、ごめん。日曜は先約があるんだ」
「先約? もしかしてトモ?」
「ちがうよ。家族と約束があるの」
絵美が顔をしかめたので、手を振って否定した。
こうやって感情がすぐに顔に出るところも、智くんにそっくりだ。
いや、智くんが絵美にそっくりと言ったほうが正しいかもしれない。
先に、絵美のそういったところがわかりやすくて安心できて、友だちになった。智くんが絵美に似ていたから、付き合おうと思えたのかもしれない。
「親戚のとこでも行くの?」
だるそー、と毬江ちゃんの間のびした声が頭の上から聞こえる。
「まあ、そんなとこ。ごめんね、私のことは気にせず、二人で行ってきてよ」
予定が合わないから今回はパス、と言ったつもりだったけれど、絵美は、なに言ってんの、と目をぱちくりさせた。
「そんなのまた今度にするに決まってんじゃん」
「そうだよちぐさちゃん、三人で行こうよ」
私の身体を抱く毬江ちゃんの力が強くなる。
「でも」
「みんなで行ったほうが楽しいんだから、変な遠慮しないでよ」
ねえ、と見つめられ、それ以上なにも言えなかった。
俊くんは、嫌いじゃないけれど好きでもない。映画なんて、観たい作品を観たい人と行けばいいのだ。絵美と毬江ちゃんは観たい。私は観たくない。ならば二人で行ってくれるのが、どちらにとっても良いはずだ。
「ありがとう。ほんとにごめん、次はばっちり予定空けとくから」
拝むように顔の前で手を合わせて、片目をつぶった。
些細なことで私たちの輪はたやすく壊れる。こんなことで、手を離すわけにはいかない。
晴彦は。
あの子はクラスの中で誰と手をつなげているのだろう。
あれだけ偉そうで、陰気な雰囲気を醸し出していて、生物部なんてよくわからない部活に入っていて、おまけに転校生ときている。
顔はそこそこ整っているけれど、下手したらいじめられていたりするんじゃないだろうか。いや、でも、土曜日は用事があると言っていた。ちゃんと、一緒に遊びに行くような友だちがいるのだ。きっと大丈夫だろう。
ふと視線を感じて、教室を見回すと、吉野さんがうつむきがちに、こちらを見ていた。教室の入り口で困ったように一人、たたずんでいて、目が合うと遠慮がちに笑みを浮かべた。
「ちぐさ、ほら、見て!」
いつの間にか携帯で映画の予告動画を観ていた絵美に手招きされ、固まってしまう。
「ちぐさ?」
「あ、えっと、ごめん、ちょっとお手洗い行きたくて」
「そう? ならうちらも行こっか」
そう言って、絵美は動画から目を離さず立ち上がった。
ほら、と差し出してきた画面をのぞきこんで、かっこいいねえ、なんて言いながら、ふと、晴彦なら躊躇なく断るんだろうな、と思った。
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