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第二章 い
「おはよう」
君は教室に入るとすぐに僕の席まで来て、小さな声で言った。僕は、手を小さく振った。
「あの、昨日はごめんね」
君はやっぱり昨日のことを謝ってきた。こっちこそごめん、悪いのは僕の方だ。そう言いたかったが、声にはならず、首を横に振ることしかできなかった。
「もう、あんなことはしません! ほんとに、ごめんなさい」
もう一度、君は頭を深く下げた。そんなこと言わないでくれ。何もできない僕の罪悪感が増していくだけじゃないか。
「でも、どうして喋ってくれないの?」
君はまた、いつもの質問をした。こんな質問は、今までに何度もされたことがあるので、いつもなら気にしないようにしていたが、昨日のこともあったので少し考えてみた。
――しかし、自分でもどうしてなのかわからない。そう答えたかったが、それも声にはならなかった。
「あっごめんごめん。こんな質問、答えられないんだったよね。」
僕はその場を立ち去ろうと教室を出たが、君は僕の腕を掴んで言った。
「恥ずかしいの?」
その一言で僕は気がついた。僕は恥ずかしいから喋れないのではなく、喋れないから恥ずかしいのだ。でも、それはなんの解決にもなっていないので、僕は、どう答えればいいかわからなくなって、首を斜めに傾けたままだった。
「え? 恥ずかしいんじゃないの?」
君は、目を見開いて言った。たしかに、喋ること自体に恥ずかしさはないし、何より僕は君に言いたいことが山ほどあった。それなのに、恥ずかしいなんて思うわけがなかった。僕は、斜めに傾いたまま小さく頷いた。
「うおお! そうなんだ。じゃあ、喋ればいいじゃん。恥ずかしくないなら、普通に。声は出るんでしょ?」
君の言う通りだ。僕自身も過去に一度、そんな風に考えた事があった。しかし、喋ろうとすればするほど、何もできない自分が情けなくなっていくばかりで、しまいには、声なんか出なければいいのに、なんて思考になってしまう。このままではダメだと思い、その時から僕は喋ることを諦めていたのだった。久々にこんなことを思い出してしまって少し疲れてしまったので、僕は深いため息をつきながら、廊下の窓から遠くの空を眺めた。
「それは、どういう反応?」
僕はもし、今、声が出せたとしてもこの感情を君に伝えることはできない。
「う〜ん……やっぱり、わかんないな〜」
君は、何度も、僕の目をちらちら見たが、僕が言葉を出すことはできなかった。
「ま、まあ、私には何でも喋ってね!」
君は、僕の肩に、手を置いて言った。僕は、たとえ喋れなくとも、もし、いつか喋れるようになったときに聞いてくれる人がいるということが、ただ嬉しくて、思わず、「ありがとう」と言いそうになったが、慌てて口をつぐみ、急いで下を向いた。頬にまで辿り着いた涙を、両手で拭った。
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