第四章 え

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第四章 え

放課後、 「おーい! ちょっと待って!」 君が叫んでいる声が聞こえた。しかし、まさか僕を呼んでいるわけはないので、いつも通り早足で廊下を歩いていた。 「ちょっと……待って!」 君が僕の隣まで走って来た。どうやら、僕を呼んでいたらしい。 「一緒に帰ろう!」 僕はいつも一人で帰っていたので、君と一緒に帰ることにした。 「やったー! ありがとう!」 君は満面の笑みを浮かべた。 しかし、無言だった。二人は、廊下に向かい合って立っているだけだった。 「えーと……そろそろ帰ろっか」 君がそう言ったので、僕は仕方なく、地面に置いていたカバンを持ち上げた 「あ、そうだ! 私、この前、いい質問の仕方思いついたんだ!」 と言うと、君は右手を開いて、僕に見せた。 「例えば、今から何したい? って聞いても、君は答えられないでしょ?」 僕はバカにされている気がして少し腹が立ったが、反論もできないので、頷いた。すると、君は説明を始めた。 「もし、君が答えられない質問があった時に、この手があれば答えられるんだよ! 例えば、ゲームして遊びたいなら『人差し指』、お菓子食べたいなら『中指』、お菓子食べながらゲームしたいなら『薬指』……みたいに、選択肢がいっぱい作れるんだ! 最大十個まで使えるんだよ! すごい発明でしょ!」 僕は、なんだこれはバカバカしいと思った。もし、他人に見られたら恥ずかしいと思った。しかし、こんな馬鹿げたことをしないと、意思を伝えられない自分は情けないが、もしかしたら、この方法が最善策なのかもしれない。僕は君の薬指を指差した。 「えーと、これは、例えで言っただけだったんだけど……」 君はそう言ったが、僕は友達とお菓子を食べながらゲームをするのが夢だったので、もう一度君の薬指を指差した。 「もしかして、お菓子食べながらゲームしたいの?」 僕は頷いた。 「じゃあ、行こうか!」 君は、ぴょんぴょん跳ねるように歩いた。僕も君の真似をして跳ねるように歩いた。 「ゲーム、何したい?」 君は僕に聞いた。僕はゲームが大好きで、したいゲームを一つに絞れなかった。 ――僕からの返事を待つこと十分、君の家に着いた。 「あ、入っていいよ〜」 君がそう言うので、僕は、玄関の前で大きく深呼吸してから、 「おじゃまします!」 と言った。 「え? 今、喋った! もしかして、家に入ったら喋れるようになるタイプ?」 君の声は、裏返っていた。僕は当たり前のことを言っただけだったので、君が何故こんなに驚いているのか、わからなかった。 「――ってそんなわけないよね。あー! びっくりした〜幻聴かな?」 どうやら僕の声が君を驚かせてしまったらしく、申し訳ないと思った。僕は、君が言うような、家に入ったら都合よく喋れるようになるタイプなどではなく、ただの無口な人間だった。 「あ、私の部屋ここだから入って」 僕は初めて人の家に入ったのでかなり緊張していた。人の部屋の物をあまりじろじろ見るのはよくないなと思い、目のやり場に困っていると 「ちょっと恥ずかしいから、あんまり見ないで」 と、君に言われてしまった。 「そうだ! モノハノしよーよ!」 モノハノは、去年大流行した二人で協力プレイが出来るゲームだった。 「これ、妹のもあるから使いなよ!」 と言うと、君は、散らかった部屋から、携帯ゲーム機を二つ取り出して、僕に渡した。二人はすぐにゲームを始めた。実は、僕は常にこの携帯ゲーム機を持ち歩いているのだが、そのことは言い出せなかった。 「うおお……」 「うわー! やられる〜」 「おお! ナイスアシスト!」 君と僕は、ほとんど無言のまま夢中になって遊んだ。 「そういえば、君、時間大丈夫?」 君にそう言われるまで、僕は全く気づかなかったが、いつのまにか、午後六時を過ぎていた。 「ごめん。夢中になりすぎちゃった。もう帰らないとだめだよね」 僕は今まで友達と遊ぶことなんてなかったので、門限を気にしたことはなかったが、親に午後六時までには帰れと言われていたことを思い出した。時計を見て、ため息をついた。 「バイバイ!今日は楽しかったよ! また遊ぼうねー」 君は、そう言いながら家の前まで出て、手を振ってくれた。僕も、大きく手を振ってから、すぐに走って帰った。
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