あの頃の記憶

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1 ある日突然、私は東京のおばあちゃんの家に運ばれ、そこで生活することになった。ずっと同じ場所に住んでいたら、私の人生は違っていたかもしれない。両親が離婚することにならなければ、私に妹あるいは弟がいたかもしれない。 ただ、いまさらこんなことを考えても、何も変わらない。タイムマシンがあっても、私一人でどうこうはできないことなのだ。思えば、私はいつも大人に唇を尖らせていた。みんなが嫌いだった。しかし、みんな私には優しかったとも思える。  2 私がまだ小さかった頃、そう横浜に住んでいた頃。横浜といっても、横浜の隣の小さな駅が最寄りの駅だったから、いわゆる「眠らない町」に住んでいたわけじゃない。そういえば、ここは新宿の隣の代々木と雰囲気が似ているかも。  私は、こぢんまりとしたマンションの角部屋に住んでいた。オートロックの鍵がないとき、鍵穴には届くけど、ボタンには手の届かない私を遮り、親が「301」と押していたっけ。 このマンションの1階には、一軒の豆腐屋さんが入っていた。今の私だったら、正直コンビニのほうが嬉しいだろうな。 この豆腐屋さん、お店の名前はわからない。たぶん、看板とか屋号とかそういうのはなかったと思う。私はここによくおつかいに出されていた。といっても、エレベーターで降りて分厚い自動ドアを通過し、さらに力を入れて扉を押したら、すぐ外。あとは、豆腐屋さんに声をかけてお金を渡すだけだった。 3 勇気を出し、背伸びして大きな声で注文した。 「ミソシレください」 当然、お店の誰が対応しても、きょとんとしていた。といっても、おじさんかおばさんしかこのお店にはいなかった。おばさんは、すぐに笑顔になって豆腐をくれた。たぶん、渡した金銭の額を見て理解してくれたのだろう。 私にとっては、おじさんが対応したときが不安だった。いま思えば、職人気質ってタイプだったのだろうけど、やっぱり私にはこわく感じられた。表情を変えず、ほとんど何もしゃべらないで奥に消えてく。そのあと、おばさんが出てきていつも通り小銭と豆腐を交換してくれた。だから、毎回おつかいに出ると、店頭に立つのがおじさんだったら嫌だな、なんて思いながら向かっていた。  そうそう、私は豆腐のことをミソシレっていうのだと勘違いしていた。でも、これはお母さんのせいだ。お母さんは、昔からずっと私の勘違いをほったらかしにする。すごく迷惑して恥ずかしい思いもたくさんしたのに。たとえば、受験の時期に地理の勉強をしたら、ポルトガルがスペインの横にある国だと知って、記憶を書き換えることに苦労した。小さい頃、地球儀を見ながらポルトガルの位置を教わったとき、私はポルトガルがイギリスの横だとなぜか覚えた。それは、お母さんからそう教わったから。このことをお母さんに話したら、そんなわけないでしょ、って一蹴されたけど。 4  ある時おつかいに出た私は、いつも通り“ミソシレ”をおじさんに注文した。  すると、はじめておじさんは表情をほころばせた。そして、奥に向かって「かあさん」と投げかけた。程なくしておばさんが姿を見せると、おばさんは私の間違いを優しく指摘した。 「お嬢ちゃん。これはトウフっていうんだよ」 私は聞いたことがあることばだ、と思ったけど、すぐには得心できなかった。おばさんとおじさんが、私に向かってほほ笑んでいたことは覚えているけど。  おつかいを終えた私は、すぐに台所に立つお母さんに話しかけた。 「お母さん、これなんていうの?」 「はい、ありがとう。これはトウフです。フフフ」 そういって、お母さんは豆腐を手の平に乗せ、包丁でカットすると、そのまま雪平鍋に放り入れた。 5   赤い列車から下車した。と同時に、冷たい風が私の身体をおどかした。コートを羽織って出て正解だ。 ここに来たのは15年ぶりだった。1人旅って私には向いてないと思う。でも、20歳になったし、この場所をまた訪れたいという気持ちはずっとあった。  高架駅のホームに立った私は、ここから見える風景に自分の成長を実感した。だって、「ランドマーク」が見えたから。もちろん、住んでいた頃も見えたのだろうけど、そのときとは目線の高さが違う。これだけでも、感動だった。時空を超えた体験だ。 エスカレータ-を降りて、地上に出る。昔は階段しかなかったような気もする。左折し、大通りに沿って住んでいたマンションの方へ向かった。たしか、この通りは駅伝のコースになる。十字路に差し掛かったところで、対角線上に、よく父と一緒に行った定食屋さんを見つけた。まだあったことだけでも、とても嬉しかった。横断歩道を渡り、大通りから離れるように進路を変えた。すると、よく頼んでいたラーメンの出前屋さんも見つけることができた。ただ歩くだけで、なんどもこの道を往復した記憶が蘇る。 「残ってるもんだな」と、口に出してみた。そのあと、深く呼吸した。 6  私は、手を後ろに組んでマンションを見上げていた。いまは、住人じゃない。だけど、間違いなくここに住んでいた。 エントランスの扉を引き、中に入った。この空間のにおいを感じてまたしても、心が震えた。オートロックのボタンにはちゃんと手が届いた。  外に出ると、今度は豆腐屋さんを確認しようと思った。でも、何度見てもそこにはお店がなく、数台の車が駐車してあるだけだった。  私はがっかりして、さらに道を進もうとした。すると、マンションのすぐ横に赤い軒先テントの喫茶店があった。見覚えのないお店だった。せっかくだから、ここで昼食をとろうと思った。東京から横浜まで電車を乗り継いできたから、小腹がすいていた。 ただ、すぐにその思いは潰えた。入口のドアに定休日の札が下がっている。  私は再び歩き出そうとしたが、店内に掛かっているメニューに目が留まった。そのいちばん上には、「ミソシレ定食♪」と書かれていた。そしてその横に(日替わり定食)とあった。  私は、暗い店内の様子を見ているわけではなく、窓ガラスに映る自分を見ていた。セピア色の私はちゃんと大人になっていた。  
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