「あの時は 本当に必死だったんだ」

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「あの時は 本当に必死だったんだ」

シュウは何もできずに、ただ困惑するだけで時間は過ぎていく、せめて誰かに此処が一体何処なのか聞きたいのだが、すれ違う人数人に話しかけても全く反応しない。 現実離れしたこの状況に、シュウの頭は混乱するばかり、まるで虫が地面をウロウロと歩き回る様に、シュウは人混みにのまれながら、どうにかしようと混乱する頭を必死になって動かす。 そんな状況の中、シュウが辺りを見渡していた時、一人の女性に目を奪われてしまう、その女性は、シュウにとって大切な存在であり、見慣れた姿であった。 だがだいぶ遠くにいるのか、姿を見たのはほんの一瞬だけ、しかしシュウは見逃さなかった、なぜならその人物は、シュウが長年会いたいと望んでいた人物だったからだ。 若干疑いの感情を持つシュウだったが、喜びと驚きで咄嗟にその女性を大声で呼んだ。 「母さん!!!」 その声を聞いて反応したのは、先程少しだけシュウの視界に入った彼の母親ではなく、周りを歩いていた人々、正気の無い虚ろな目をシュウに向けて、思わず彼はゾッとしてしまう。 だがそう感じたのも束の間、シュウを囲んでいた人ごみが、一斉に同じ場所に向かい始めた、その勢いに流されるしかできなかったシュウは、再び母を大声で呼んだ。 恐怖と困惑に支配されてしまったシュウは、人波に抗う事ができずに、ただひたすら大切な人に助けを求めるしかできなかった、バランスを崩して転びかけても、波の勢いが強すぎて体制を戻す事すらできない。 まるで水の急流に流された様な感覚のシュウ、だがその途中で彼の脳が、恐ろしく嫌な予感を感じてしまう、それは心臓と心に直接指示を下す赤信号の様に、シュウの体を理性や道徳心を捨てさせ、ひたすらその場から逃げる様に指示していた。 だが周りの人波に掴みかかっても、かなり強い力で振り解かれてしまい、押し返そうとしても、一対数人ではとても抵抗できず、まるで無理やり何処かに連れて行かれる様だ。 シュウを連れて行く事に必死になっている様子の数人、その顔は先ほどの無表情とは打って変わって、不気味な笑みを浮かべていた、ますますこの異様な空間から抜け出さなければと、シュウが心の中で強く思っていても、状況は全く変わらない。 混乱を続けるシュウの脳、だがその片隅に、いつも笑顔で笑いかけてくれた母の顔が浮かんだ、辛い時、悲しい時、いつも側に居てくれた、大好きな母。シュウが家でひとりぼっちの留守番をしていた時、帰って来た母はまずシュウを抱きかかえる、どんなに仕事が忙しくても、夜には絵本を読み聞かせてくれる優しい母。 今この状況で、シュウはそんな母親がとても恋しく思え、シュウは目に涙を浮かべながら、母の姿が見えた場所に手を伸ばす、久しぶりに見えた愛しい母の姿は、シュウが今まで抑え込んでいた「寂しい」という感情の蓋を開け、口から声になって出た。 「助けて!!!母さん!!!」
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