「ちょっと情けない気もするけど 嬉しかったんだ」

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「ちょっと情けない気もするけど 嬉しかったんだ」

シュウが母親に大声で助けを求めたその瞬間、突然誰かが彼の腕を掴み、人波の中から救い出してくれた、シュウの腕を掴んだ人物の手はとても暖かく、とても細い指。 シュウを掴んだ手は、そのまま強く握りしめたまま絶対に離さず、隙間を縫って彼を人ごみから引っ張り出した、だが彼の目に映るのは白く細い手だけで、姿は全く認識できない。 しかし彼には、自分の腕を掴んでいる人が一体誰なのか、直感で分かった、シュウはその腕に掴まれたまま連れて行かれると、身に危険を感じるほどの危機感が徐々に消えていった。 逆に、その手は自分の事を助け出そうとしてくれていると思い、何も抵抗せずに導かれるシュウ、そしてその予想通り、すれ違う人の数が少しずつ減っていく、つまり人ごみから少しずつではあるが離れて行っているのだ。 先程までの気味が悪い雰囲気がどんどん消え、シュウを巻き込んだ人波は、後ろから彼を追おうと必死になっている、シュウはなるべく後ろを振り返らない様に、ただひたすら走り続ける。 人の数が減ると走りやすくなり、シュウはバイト三昧で鍛えた体力で逃げ続けるが、相変わらず自分を人ごみから救ってくれた人物の顔は全く見えない。シュウが必死になって全力疾走している事もあるが、先に進むごとに霧が深くなっている様子で、辺りはだいぶ明るくなっているのだが、肝心の顔が見えない。 だがシュウには、その小さいうしろ姿には見覚えがあった、それは紛れも無い、母親のうしろ姿だった、毎日パートで忙しい日々を送り、疲れを背中に滲ませている、母の小さな背中。 シュウが幼い頃見た時は大きく見えた筈なのに、成長したシュウよりもだいぶ小さくなってしまった、背中と同様小さくなってしまった母親の手だが、力強さは相変わらずだった。 幼稚園に行く際、信号を見ずに道をを渡ろうとした幼いシュウ、その時車に轢かれる寸前に息子を助けた母の力は、高校生になったシュウの腕にも覚えがある。 息子の為なら全力を尽くせる、母の強く優しい心、それはシュウの母が、『再 会』した息子の為に見せた優気(ゆうき)だった。 そしてしばらく母の導くままに走り続けていたシュウの眼前に、強い光が差し込んだ、そして同時に彼の腕を掴んでいた母の手が離れ、シュウは咄嗟に後ろを振り返る。 そこには、昔と全く変わらない母が、エプロン姿でシュウに手を振っていた、そして母は一言だけ、シュウにアドバイスを与えた。 「無理しちゃダメよ。」
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