優等生の落とし物

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「おはよ、相変わらず月曜から眠そうだな」 「はよ。土日ぶっ続けでゲームしててさ」  朝の教室で机に突っ伏していると、頭上から声がかかった。顔を上げると、そこには幼馴染みの田辺敏之が呆れた顔で士朗を見ていた。ちなみに在りし日に士朗の名付けた『ありす』に的確なツッコミを入れたのも、敏之である。  士朗の前の席でもある敏之は、鞄を机に置くとそのまま椅子に後ろ向きに座って向かい合わせになった。 「またかよ」 「最終的にはクリア出来たからいいんだよ。敏之もたまには一緒に冒険しに行こうぜ」 「お前と行くと疲れるから嫌だ」 「簡単なアイテム収拾クエストならいいじゃん」 「クエスト内容がどうとかじゃなくて、お前と居ると、めちゃくちゃ他の奴らに話しかけられて精神的に疲れるんだよ!」 「別に挨拶くらい普通だろ?」 「いや、絶対普通じゃねぇから。お前ゲーム内に知り合い多過ぎ」 「そうかな?」 「まぁ、お前の場合現実でも多いもんな。このコミュ力お化けが!」 「なんだよ、それ」  士朗は敏之の大袈裟な言いように笑うが、どうやら発言元の敏之的には大真面目だったらしい。現に、次々と士朗の元には既に教室内に居ると言うのにも関わらず、窓の外からクラスメイトだけではなく男女問わず「おはよう」の声がかかっている。  それに一つずつ笑顔を返す士朗にとってはこれが日常なのだから、やはり特別な事は何もないと思うのだけれど、敏之からは気づいてないのかとでも言いた気に呆れた視線が投げかけられるのが不思議だ。  それに別に士朗だって誰彼構わず懐いていて回っているわけではない。仲良くしたいと思う相手だからからこそ、話したいのだ。 「悪いことじゃねぇけどさ、あんま人と関わりたくねぇ人種もいるんだよ。ほら、あいつとかまさにそういう感じだろ?」  ちらりと視線だけで敏之が指し示した先には、窓際の一番後ろの席で一人何かの本を読んでいる男子生徒の姿があった。  高校三年になって、既に一ヶ月。つまりクラス替えが行われてから一ヶ月の時が経っていたが未だに彼、酒井雪哉の声を聞いた事がないクラスメイトも少なくない。  いじめられっ子でも、一匹狼を気取る不良なわけでもない。むしろ嫌煙されるのとは逆で、成績優秀な優等生の見た目もかなり格好いい部類に入る雪哉とお近づきになりたいと目論む女子は結構多い。  けれど雪哉の常に醸し出す「近づくなオーラ」に打ち勝てないのが実情と言ったところだ。ただ一人を除けば。 「酒井、おはよー。何か落ちたよ?」  お前とは違う人種だと言われた直後に、雪哉と士朗は接触していて「やっぱりあいつのコミュ力怖ぇわ」とため息をつく敏之の声が背後で聞こえる。  士朗としては、話したい時に話したい奴と言葉を交わす事に対して、何故怖いと言われなければならないのかがわからない。  視線を上げた雪哉は士朗の顔をちらりと見ただけで、すぐに視線を本へと戻そうとしたが、士朗が自分が落としたらしいしおり代わりにしていたカードを拾ってくれたことに気付いて、それを受取ながらぼそりと声を発した。 「あぁ、悪い」 「なぁ、もしかしてそれってさ……」  それだけで会話が終了すると思っていたのだろう。だが士朗が更に言葉を続けようとするから、雪哉はこれ以上関わるつもりがない事を示すように本から視線を外さないまま面倒そうな表情を作っていた。そんな雪哉の反応をもろともせず、士朗はわくわくとした今にもしっぽを振って飛びかかってきそうな大型犬の様な瞳で雪哉を見つめる。  雪哉は何がそんなに士朗の琴線に触れたのかさっぱりわからない様子で、視線を合わさないように活字へと集中していた。じっと見つめてくる視線のせいで本の内容が全然入ってこないことに雪哉が苛立ちを覚え始め、文句を言おうとため息と共に口を開きかけたタイミングで始業のチャイムが鳴り、再び口を閉ざした。  士朗がそれを残念に思っていると雪哉に追い払われる様な動作をされ、担任も教室に入ってきた為に仕方なく席へと戻った。
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