優等生の落とし物

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「酒井! ちょっと待って、待ってってば!」  雪哉は背後からかかる声にうんざりした顔を隠しもせず、無視を決め込んですたすたと歩いて行ってしまう。士朗のような全く壁のないタイプは苦手なのだろう。あまり関わり合いになりたくないという雰囲気がひしひしと伝わってくるが、士朗は疎まれているとは少しも思わない笑顔で嬉しそうに走って追いかけ続ける。  雪哉が追いつかれるのは時間の問題だが、ここで走って逃げるのも目立つばかりで雪哉になんのメリットもないと気付いたのだろう。本当のところはダッシュで逃げたい気持ちでいっぱいだったのかもしれないが、同じクラスであるが故に雪哉は士朗の身体能力の高さを知っていた。逃げ切れない、そう判断したのかもしれない。 「…………何だ」  渋々と言った様子で立ち止まった雪哉に程なくして追いついた士朗に発せられた言葉は、たっぷり時間をかけて「関わりたくない」と言外に告げていたけれど、士朗はそういう機微を察したりはしない。  敏之に「コミュ力お化け」と言われる所以は、この嫌われるのを恐れない突進型の性格と、閉ざされた心を取り込んでしまう人なつっこい笑顔のせいだ。  何だか心配でほっとけない、と思われているだけな所も多少ある。 「酒井ってさ、ゲームするの?」 「わざわざ人を追いかけてきて、聞きたい事はそれか?」  雪哉が怪訝な顔をするのは当然だったが、士朗にとっては追いかけてでも聞きたい事だったので大きく頷くと、呆れた様な表情を向けられる。 「酒井がしおりにしてたカードってさ『ファンサガ』の、非売品カードじゃない?」 「……それが何だ」 「マジで! ホントに? やっぱりアレそうなんだ!?」  そうだとは思っていたが雪哉の言葉で本当にそれが本物だとわかって感動し、尊敬も込めてきらきらとした目で見つめると、雪哉が一歩引いてしまったので一歩追いかける。  じりじりと一歩引く追いかけるを繰り返していると、雪哉が盛大なため息と共に鞄から本を取り出し挟み込んでいたカードを取り出す。 「そんなに気になるならコレはやるから、俺にもう近づくな」 「は? ちょっと待ってよ、これ凄いレアなやつなんだよ! そんな簡単に手放すなんてどうかしてる! それに俺はカードが欲しいんじゃなくて、酒井とゲームの話がしたいだけっていうか……って、ちょっと待ってってば!」  雪哉が士朗にカードを押しつけて来たことに戸惑う士朗が顔を上げた時には、雪哉は走り去ってしまっていた。残された士朗は、手元に残ったカードを握りしめて呆然と立ち尽くす。  雪哉の姿が見えなくなってから、士朗は手の中にあるカードを見下ろした。そしてそこに描かれているキャラクターを確認して、驚愕に目を見開いた。
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