疑惑

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疑惑

 その日の夜。  ゲーム内で、『ありす』は自分のルームに招き入れた厳ついドワーフの戦士と、一対一で面と向かって座っていた。  このゲームには自分の拠点となるルームが設定されていて、ここでは他人が勝手に入って来る事も覗き見る事も出来ない。アイテム整理や装備変更の他、練金等の一人で集中して行いたい作業にはうってつけの場所だ。  フレンドになっている相手ならばルームに誘えるのも特徴のひとつで、クエストに出ずに仲間内でワイワイとただ喋ったり作戦会議を開く事も出来る。今回の様に、誰か一人を呼んでこっそり話す事も。  士朗は大人数と仲良くなるタイプだけれど、それとは裏腹に深く腹を割って話せるまで仲良くなる人数はとても少ない。よほど自分と合うと感じた相手でなければ、長く一緒にはいないし色んな話はしないから、このルームに誘う相手は限られていた。  過去にルームに招いてゆっくり話した事があるのは、初期からずっと助けてくれていて、今や『ありす』の相棒と言っても過言ではない『スノー』だけだ。  だが今回そのスノーを呼ぶ訳にはいかず、けれど今の自分の混乱を冷静に聞いてもらいたくて、頼み込み来てもらったのが目の前にいるドワーフの戦士『デン』こと困った時の幼馴染、敏之である。 『で、どうした? わざわざこっちで呼び出すなんて珍しいな』 『ごめん、ちょっと聞いて欲しいことがあってさ……』 『明日、学校じゃダメなやつなのか?』 『うん、明日学校に行く前に考えをまとめときたい感じのやつで……』 『わかった。付き合ってやるよ』  やれやれ、といった動作をしたもののデンは『ありす』の話を聞いてくれる事にしたらしい。二人が向かい合っている間に小さなテーブルを挟んでおり、そこに置かれたコーヒーカップを『デン』がゆっくり持ち上げて口を付ける。このゲームはこういう細かい動作がやたら精巧なのも特徴で、クエストには出ずにルーム内を充実させて楽しむプレイヤーも少なくない。  士朗は基本的には冒険に出たいタイプなので、そこまでルーム設定には凝ってはいないが、ゲーム配信当初からの初期プレイヤーなので必要な物は一通り揃っている。  寛ぎながらゆっくり話を聞いてくれる様な『デン』の姿に、ほっと『ありす』もカップを手に取った。昔から兄貴気質の敏之はこういう時なんだかんだで優しいし頼りになる。 『デンは、一周年記念イベントの報酬って覚えてる?』 『お前が欲しい欲しい言ってたやつだよな? 確かゲーム内のアイテムじゃなくて初めて現実世界に顕現する! とか言って』 『そう、それ。上位十人だけが貰えるカードだったんだけどさ、それを今日持ってる奴が居て……』 『へぇ、すげぇな。つまりあの結構な人数が参加してたお祭りイベで十位以内に入った奴ってことだろ?』 『そう! 凄いよな! だからさ、絶対このゲームの事好きな奴だろうって思って、友達になりたかったんだ』 『お前のコミュ力なら、余裕だろ? いつもみたいに普通に話しかけりゃいいんじゃねぇの? 今更友達の作り方を俺に聞かれても困るぞ』 『それが、話しかけてはみたんだけど……もう近づくなって、そのカード渡されちゃったんだ』 『は? お前……』 『違う、奪ったとかじゃないからな! 俺はカード欲しいなんてひとことも言ってないし、むしろそんな大事な物欲しいなんてこれっぽっちも思わないし! 俺はただ普通にゲームの話をしたかっただけなのに、そう言う前に押しつけられて逃げられたっていうか……』 『もしかして、その相手って……今日お前がそわそわ気にしてた、あいつか?』 『気付いてたんだ……』 『いや、わかんねぇ方がおかしいだろ』  休み時間も昼休みもずっと気にしてたし、放課後も慌てて追いかけていっただろうが。と『デン』に呆れるように言われて、あまりにも必死な姿を他人から指摘されて恥ずかしくなる。  自分ではそんなつもりはなかったのだけれど、敏之から見ると士朗は雪哉を一日中ずっと追いかけているように見えたらしい。全部が間違いじゃないのがまた恥ずかしいのだけれど、士朗としては本当にレアカードを持っていた雪哉と純粋にゲームの話をしたかっただけだ。 『そ、それでな……そのカードの絵柄なんだけど』  恥ずかしさを抑えながら、慌てて話題を本来相談したかった案件に戻す。 『あぁ、ゲームのロゴと本人のアバターが両面印刷されるんだったっけ?』 『そう、そのアバターがさ……『スノー』さん、だったんだ』 『ん? 『スノー』って、お前とずっと組んでる美人のエルフの姉ちゃんか?』 『うん、その『スノー』さん』 『つまり、あいつが『スノー』だって事?』 『やっぱり、そうなると思う?』 『普通に考えれば、そういう事だろ』 『でも『スノー』さんは女の子だよ?』 『お前、今の自分の姿を見てから言え。うさ耳ロリっ娘の分際で』 『バニーガールは、男のロマンだ!』 『ならもっと、ナイスバディ的なアバターにしろよ。バニーガールを貫けよ。なんでちょっと可愛い系なんだよ』 『大人の女の人にしたら、エロい目で見られるだろ! 俺にそれをさばける程の演技力はない』 『自分で演技力って言ってる時点で、わかってんじゃねぇか。ゲームのアバターと現実世界の性別は一致しない』 『そ、そうなんだけどさぁ……『スノー』さんって結構面倒見の良いタイプだし、初心者だった頃の俺に向こうから優しく声かけてくれたし、あまりにイメージが違いすぎるっていうか……』 『ゲーム内でだけ性格変わる奴なんて、ザラに居るだろ』 『でもさ……』 『本人に聞いてみれば?』 『だから、逃げられたんだってば』 『現実世界じゃなくて、ここでだよ。『スノー』は『ありす』がお前だって知らないんだから、普通に話しかければ応えてくれるだろ』 『あ、そうか!』 『懐いてた綺麗なお姉さんが、同級生かもしれないってのに戸惑うのはわかるけど……』 『ありがとう『デン』! 行ってくる!』 『あ、おい……ちょっと……』  親しくしていた相手が女じゃないかもしれないのは残念だったな、と慰めようとした『デン』の言葉を遮って『ありす』がルームを飛び出して行く。本日二回目の取り残された感を味わいながら、『デン』はこれまた本日二回目の「まぁ頑張れ」を呟いて、ひらひらと手を振った。
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