疑惑

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『『スノー』さん、居た!』  冒険者達の集まる広場の中心にある噴水の近くのベンチに腰掛ける『スノー』の姿を見つけて、『ありす』はそう叫ぶのと同時に駆け寄った。  ルームを出てから三十分もかからずにこの広大な世界で何万人もいるプレイヤーの中から『スノー』を見つけ出せたのは、奇跡に近い。  『スノー』とはもちろんフレンドになっているからログインしているかどうかはわかるけれど、プレイ中の場所までは把握できない。見つけられたのはひとえにフレンドや知り合い以外にも、片っ端から声を掛ける『ありす』に驚きながらも情報を提供してくれたプレイヤー達のおかげに他ならない。道中でフレンドがいつの間にか二桁程増えていた。 このゲームにはフレンド枠の上限が設けられていないので、比較的簡単にフレンドにはなれるのだが、上限がないからこそ誰が誰かわからなくならないように下手にフレンドを作らないプレイヤーも多い。  『ありす』も不用意にフレンドを増やさないように心がけてはいるのだが、話しやすかったり楽しかったりすると自然と増えてしまっているのだから仕方が無い。「誰だっけ?」となるようなフレンドはいないし、特に仲の良い数人はマークを付けておける仕様になっているので今のところ不自由はない。 『え? 『ありす』ちゃんどうしたの? 今日は約束してなかったわよね』  イベントでも上位を取る事の多い『ありす』と『スノー』は、ゲーム内で他プレイヤーによって相棒認定されている程なのだが、実際の所いつでも一緒というわけではない。  『スノー』は『ありす』と出会う前はソロプレイヤーだったと言うし、一人でクエストに挑戦したい事もあるらしく、基本的には『ありす』が一緒にプレイしたいイベントやクエストがある時に、時間を合わせて貰う以外はそれぞれ別々で行動することの方が多いのだ。  『ありす』の方も、いろんなプレイヤーとパーティを組んで楽しみたいタイプなのでウロウロと色んなパーティを渡り歩いている。だがやはり『スノー』と組むのが一番安定するしプレイしやすいので、最終的に帰ってくる場所という感じだろうか。 だから『スノー』が驚くのは無理もないのだ。今日は確かに約束をしていなかったし、そう言う日にはお互いの居場所は特に知らせたりしないから。 『ちょっとお話がしたくて。今忙しい?』 『いえ、大丈夫よ。何かあった?』  ベンチの隣を空けて座るように促してくれる『スノー』はやはり出会った頃から変わらず優しい。近付くなオーラを常時発している雪哉とはちっとも一致しない。  けれど雪哉の持っていたカードの図面は、本人を目の前に画面の前で見比べてみるても『スノー』のもので間違いなかった。全く同じアバターを使っているプレイヤーがいないとは言い切れないが、このゲームのアバターのバリエーションはかなり多く、元となる種族だけでも二十種類以上ある上に、さらに顔面の眉毛や目の形や色、鼻の形や口元も細かく変えられる。その他によくある男女の別や肌の色だけでなく、果ては身長まで1センチ単位で変えられるのだ。  スノーはデフォルトのアバターではなく色々と弄っているはずだから、全く同じアバターが出来る確率はかなり低いはずで、しかも一周年記念イベントで上位十名以内に入ることの出来る強さを持っているエルフ族の女性アバターは『スノー』を置いて他にないと思う。  だから、今士朗の手元にあるカードは間違いなく『スノー』が手にしたはずの物であるはずだ。だが、どう切り出したらいいかが難しい。  正体を明かして本人か確かめるのは『スノー』が雪哉であれば話はすぐに通じるかもしれないが、大好きな『スノー』に突然嫌われてしまう可能性も秘めている。雪哉でない場合、『ありす』の言動はかなりの不審者でやはり嫌われてしまうような気がする。  『スノー』が雪哉であろうと無かろうと、ずっと仲良く遊んできた相手と縁が切れてしまうのは嫌だ。 (一か八か、リアルであって貰えないか頼んでみるか)  『ありす』にはフレンドが多いため、今までも何度かオフ会でプレイヤー達と実際にあったことはあるが、いつも『スノー』は欠席だった。最初の頃は地方に住んでいるのかと思っていたが、仲良くなってから知り得た情報によるとそうでもないらしい。単に、ゲームの友人と現実の友人は切り離して考えるタイプらしい。 士朗としては一度会ってみたいと思っているのだけれど、何度誘っても断れてしまう。だが一度だけ「大人数のオフ会は嫌だけど『ありす』とは会ってみたいな」と零していたことがあって、それを嬉しく思ってずっとその言葉を覚えていた。もしかしたら、二人きりなら会ってくれるかもしれない。 『あの、あのね……『ありす』、『スノー』さんに会ってみたいなぁって』 『? 今、こうやって会っているでしょう?』 『そうじゃなくて、ゲームの中じゃない場所で、お話してみたくって』 『オフ会のお誘い? ごめんなさい、それはちょっと……』 『みんなと一緒じゃなくてね、二人きりで会いたいの。だめ、かなぁ?』 『……っ、んんんん!』  ちょっとあざとすぎるかと思いながらも、こてんと首を傾げる動作でお願いという名のおねだりを攻撃をかましてみる。これをしているのが男子高校生だと知られたら羞恥で死ぬかもしれない。でも、そんな事よりも今は『スノー』に会いたい気持ちの方がずっと大きかった。  『ありす』のおねだり攻撃を一身に受けた『スノー』が、見たこともない色んな動作を同時に行っている。何やら身悶えているように、見えなくもない。 『どうしたの!? キーボード壊れちゃった?』  「ん」という文字の羅列があまりに続くのでこのタイミングでバグでも起きたのかと『ありす』が慌てると、ようやく落ち着いたように『スノー』の不思議な動作と「んんんん」連打は止んだ。 代わりに『スノー』の手が『ありす』の頭とうさ耳を撫でる。 『はー、可愛すぎる! わかった良いわよ。『ありす』ちゃんと二人きりで会えるのなら』 『本当!? やったー』  この時士朗は、完全に『スノー』が雪哉かもしれないと疑っていた事を忘れ去り、普通に『スノー』に会える事実に喜んでしまっていた。  そのため、今度の土曜日に会う約束を取り付けて興奮冷めやらぬままログアウトするまで、士朗は当初の目的を忘れていたのは言うまでもない。
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