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「酒井、おはよう!」
「……近付くな、と言ったはずだが」
「わかったとは言ってないよ」
「ならもう一度言う。近付くな、話しかけるな、関わるな」
「やだ」
にっこり笑顔で返す士朗に、雪哉が顔をしかめる。
『ありす』と『スノー』は会う約束をしたけれどまだ『スノー』が雪哉と決まったわけじゃない。それに士朗は士朗として雪哉と友人になる道を諦めたわけじゃなかったから、登校して一番に今日も一人で本を読んでいた雪哉の元へ突撃した。
例え雪哉がゲーマーじゃなかったとしても、何故か士朗は雪哉と仲良くなりたいと思った。士朗にとって『スノー』と仲良くなることと、雪哉と仲良くなることは同じようでいて違ったから。
毎朝と言わず、毎休み時間、そして放課後と邪険にされるのをもろともせず話しかけ続ける士朗に根負けしたのは雪哉の方だった。
火曜水曜の二日間は士朗の一方的な会話だった物が、木曜日には雪哉からの相づちを勝ち取り、週末の今日は会話になっていなかった会話が成立するくらいには雪哉が一言二言、言葉を紡ぐようになっていたから。
追いかけごっこを傍で見ていた敏之には、まるで手負いの獣を懐かせる天才だと感心された。
そして更に今日はとうとう、放課後一緒に帰宅する権利まで得ていた。とは言えいつも逃げ出す勢いで帰り支度をする雪哉が日直の為に残っていたので、多少強引に付いて来ただけだと言われればそうなのだが、それでも先に学校を出た雪哉を追いかけるのではなく、学校を出るところから一緒だったのでこれは一緒に帰宅で間違いないはずだ。
「酒井は、休みの日は何してんの? 今度遊びに行こうよ」
「外に出るのは好きじゃない」
「そっか、じゃあ俺の家になら遊びに来る?」
「……っ、行かない」
「ちぇ、じゃあもうちょっと仲良くなったらまた誘おうっと」
「俺は、お前と仲良くするつもりは……」
「じゃあ、また来週な!」
「おい……」
いつも雪哉と分かれる分岐点まで来たので、しつこく食い下がるでもなく軽く挨拶をして手を上げた士朗に雪哉の方が驚いている。
押してダメなら引いてみろ、という様な計算は士朗には出来ないし、雪哉の帰宅を邪魔したいわけでもなかったから、この分かれ道がタイムリミットだと判断下までのことだったのだけれど、毎日士朗につきまとわれている雪哉には意外だったようだ。
今までも一緒に学校を出ることはなくても、士朗が走って追いかけて一緒に帰宅していたのだから、ここで分かれる際に意味も無く引き延ばしたりはしていなかったはずだけれど、今日は何か違ったのだろうか。
「ん? どうかした?」
「…………なんでもない」
「そう? じゃあまた学校でな」
士朗が雪哉の驚いた声に気がついて振り返り首を傾げると、雪哉は伸ばし掛けていた手をぎゅっと握って首を横に振った。何か言いたげな様子でもあったが、すぐにいつもの無表情に近いものに変わってしまったので士朗はそのまま手をぶんぶんと振って別れを告げ「今日はいっぱい喋れたなぁ」等と犬が尻尾を振って喜ぶが如く口に笑みを浮かべながら、雪哉とは別の方向へ歩き出した。
その後ろ姿を、雪哉がしばらくじっと見つめていたのには気付かないまま。
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