#4 変わらない幸せ:二年前ありふれた日々

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 少年時代から祖父の仕事場で過ごしていた透矢は、設計図や模型に囲まれて育った。手先が器用で天才肌であったが、祖父に似たのか勉強も努力も怠らない真面目な性質であった。大学卒業後は祖父を継ぐように建築士となり、数年の修行の後に祖父の仕事場を改装し若くして自分の建築事務所を構えたのだった。  透矢は由璃子とふたりで生きていくために、彼女を守るために、できる限りの努力をした。それはこれからも変わらず、知識も技術も得ることには貪欲で、心身ともに強くありたいと思っていた。由璃子を守ることが透矢にとっての幸せだった。  透矢が仕事を終えて帰宅する頃、部屋にはいつも温かな匂いが漂っていた。大手の設計事務所に就職した由璃子はアシスタントとして数名の設計士に付き、抱えるタスクは多岐にわたっていた。それでも労働時間は規則正しく適切に管理されていたため、いつも定時を回る頃には帰るよう促されていた。おかげで由璃子は毎日夕飯をつくる時間を持てていたし、ふたりでゆっくり食卓を囲むのは日々の安らぎで。  透矢の好物をつくりながら帰ってくるのを待つ、そういうささいなことが由璃子にとって幸せな時間だった。  そして毎晩、眠りにつく前にふたり向き合って他愛もない話をするのも、透矢の胸元に顔を埋めながら由璃子が寝てしまうのも、そんな彼女を抱き寄せてその腕で包み込むようにして透矢が眠りに落ちるのも、ふたりの穏やかで幸せな日常だった。
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