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目を閉じると、頬に伝わる温もりがより感じられて、由璃子は薄く開いた唇から微かに息をこぼした。ゆっくりと目を開けると、遠くを見ながら呟いた。
「スマートフォンを……」
やっと聞き取れるほどの声に、透矢が優しくその先を促した。
「え、なに?」
「……あの日、透矢が帰ってこなかった日、スマートフォンを置いていった」
由璃子が何を言いたいのか、何に怯えているのかわからない透矢は、ゆるく首を傾けながら注意深く彼女を見ていた。
「……探さないでほしいっていう意思表示かと思って。だから……」
透矢がはっとして由璃子を見ると唇をぎゅっと結んでいた。
「それが由璃を苦しめていたんだね……ごめん……」
そう、あの日結綺のところへ向かう途中、約束の時間に少し遅れそうだと連絡をしようとして……いつものポケットにスマートフォンはなかった、しまった、忘れてきたと……
「ああ、由璃、ごめん。忘れた、みたいだ」
「え?」
「だから、あの日、電話を持っていくのを忘れたんだ……出先で気づいたんだけど」
「え、」
「……」
「えええ……わすれ、た……忘れたの? そんな……」
「ごめん」
残されたスマートフォンを見て、由璃子がどれほど苦しんだか、考えただけで透矢の方が泣きだしそうになっていたけれど……
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