#1 見つける:一年前画廊にて

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#1 見つける:一年前画廊にて

「その写真、好きですか?」 「……え」 「いつも、そこで立ち止まっているから」 「あ、あの、すみません」 「いいんですよ、いつもありがとうございます。また来てくださいね」  なんとなく吸い寄せられるように足を踏み入れた画廊。柔らかい光が射し込み澄んだ空気を感じさせる展示室には、風景の写真が並んでいた。眩しいほどの空や水晶のように光る海、風に揺れる葉が向こうまで続く草原。ここが都会の片隅の無機質なビルであることを忘れる空間だった。  ゆっくりと足を進めながらひとつひとつの景色を見ていた由璃子は、ふと一枚の写真の前で立ち止まった。 ——知ってる  この景色を見たことがある、ここに行ったことがある、そう思った。遠い記憶、胸の奥がきゅうと掴まれる。  時折大きく流れくる風、上質なスクリーンのように影ひとつない空を動く雲、じわりと照りつける太陽。逸る気持ちを持て余しながら階段を駆け上がり、軽やかに心地よく心拍が弾む。重い扉を押し開けると一気に射し込む強い光、目が眩み瞼を閉じると塊のような風に押されて身体が傾く。濃紺のプリーツが膝の上で揺れ、あ、と思った瞬間ふわりと支えられる。細いのに筋肉質でこの身体をすっぽりと包んでくれる腕に。そして大きく翻った背中の四角い衿をパタンと優しく戻される。  あの屋上。毎日ふたりで過ごした昼の数十分。
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