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#3 再び歩き出す:一年前画廊にて
写真家桐山樹、由璃子が彼の写真展に足を運ぶようになり一週間が経っていた。もうすぐこの企画展は終了になり、別の作家の展示に切り替わる。
彼女の様子が気になって仕方ない入江は、今日こそは話をしたいと意気込んでいた。一目惚れ、だったのだろう。桐山先生の写真に溶け込むかのような、清らかでふんわりとした彼女の雰囲気に、初めて見たとき入江は思わず息をのんだほどだった。儚げな柔肌は触れるだけで傷をつけてしまいそうで、でも写真をじっと見つめるその立ち姿は凛としていた。目が離せなかった。
「今日もありがとうございます。お近くなんですか? それとも勤め先が近くとか」
「あ……そうですよね、平日の昼間に毎日来るなんて、不審に思われても仕方ないですね」
「あ、いえ、そういうことではなくて」
「仕事は、いま休んでいます」
「そ、そうですか」
どう続ければいいか、入江が考えあぐねていたら、写真に視線を向けたまま由璃子が話し始めた。
「ずっと外に出る気になれなくて、でもあの日久しぶりに外出したらここにたどり着いて。……だから、こちらこそありがとうございます」
——この写真のおかげです
そう言って初めて入江の方を向いた由璃子は、ささやかに微笑んでいたけれど。意を決して声をかけていつもより少し踏み込んだ話をすることができたと、浮き足立っていたのはほんの一瞬で。彼女は脆くて柔い、でも決して壊れない殻に閉じ込められているようだった。これ以上は踏み込めない、入江はそう感じた。
それでも、どうしようもなく惹きつけられて、なんとか彼女の心からの笑顔を見たいと思ったのだった。こんな、涙を隠すための笑顔ではなく。
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