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大きく深呼吸をした。緊張で鼓動が速くなる。時折街の人たちがこちらをチラチラ見ているけれど、不思議と恐怖は感じなかった。隣に文乃がいるからかな。それに藤道さんも。最初は驚かれたけど、彼女はすぐに私たちを受け入れ、励ましてくれた。不安がる私を元気づけ、慣れない文乃を助けてくれた。彼女のためにも、やり遂げないと。
「準備できましたよ。さぁ、どうぞ」
そう言われた私はどこかぎこちない動きでレンズの正面に歩いていく。文乃もどこか心ここにあらず、といった様子で私の真正面に立った。
「文乃」
私が声をかけると、辺りをゆっくり見回していた文乃が私の方へと戻ってくる。
「……うん。いよいよだね。……よし」
その瞳が輝いていき、はっきりと私を見据えた。私は大きく頷いて、肩に手を置いた。
どこからともなくやってきた魂が、惹かれあい、出会う。今まで何度か思っていたことは、やっぱり本当なんじゃないか、と私は思った。文乃との出会いは必然だったのだ。きっと、私たちは赤い糸で結ばれている。そう確信できた。左手も肩に置いて、文乃の目をじっと見つめ返した。
「文乃。……お願い、ずっと一緒にいて。そばにいて。それだけでいいから」
「……ありがとう、栞。私もだよ。これからも隣にいてね。私たちは、ずっと一緒だ」
雑踏と喧騒の中で、向かい合う2つの魂。
「文乃……」
「うん。……いくよ、いくよ、栞」
頷いた瞬間、辺りの喧騒が遠のく。フィルターがかかったみたいに音がこもる。背景がグレーに溶けていく。向けられていた視線が、ぼやけて消えた。ほどける時間。霞む世界。溶ける言葉。今、私の世界には、文乃しかいなかった。近づいてくる彼女の体から放たれる熱を感じながら、私は目を閉じた。
2つの命が触れ合い、繋がりあう。甘いビッグバン。フレームの中に浮かび上がる1つの愛の輪郭。私の頭の中で何かが爆発した瞬間、眩い光が、瞼を焼いた。
『普通と常識を、飛び越えろ』。広告に載るメッセージが、光の中に浮かび上がっていた。
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