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第1話
第1話:はじまり
「モテット、君はもういい、明日から来ないでくれ。」
楽団長は冷たく、そして当然と言った口調で言い放ち立ち去っていった。
毎月15日にこのコンサートホールで行われている演奏会、今日もそんな日だった。
この楽団に入ったのは3年前の10月頃であった思う。
私が幼い頃に両親は離婚し、私は母親に育てられることになった。その頃の私は病弱で何度も何度も医師の世話になり、病院での入退院を繰り返していた。その頃の母の苦労は並大抵のものではなかったと思う。
そんな私が将来の夢として望んでいたものが笛吹きだった。銀色に輝くフルートの音色は高貴で柔らかく、何よりも私の心を和ませてくれた。12歳の誕生日に私の元に一本のフルートが宅配便で送られてきた。送り主は私の父親であった。母親は何もいわずに送り主の名前をじっと見つめていた。この日のことを私は今でも思い出す。
そんな私もいつしか学校を卒業し、生活のために染物の会社に就職しながら、夜は酒場などで笛吹きのアルバイトをしていた。そんな中、人の紹介で今の楽団に入団することになった。私は両手をあげて喜んだものだった。
そして誰より祝福してくれたのは母であった。しかし、その喜びも束の間、毎月のコンサートに始まり、祝日等の演奏会のための練習は確かに着実に私のフルートの腕を上達させてくれたが、同時に私の中の音楽に対する理想を破壊するには十分すぎるものであった。
「この練習がいったい何になるのだろう?音楽とは形式ではなく、その根源的な性質として心と心のふれあいであるべきでは…」
と考えるようになってきていた。その思考と現実との間で私は次第に引きこもりがちになり、笛の音色もかすれていった。
そもそも、こう考えること自体が一楽団員として失格だったのかもしれない。
そして、今日この楽団を退団することになった。このことを今は遠い空の下で暮らす母親が知ったら何というのであろうか?どう思うのであろうか?私はもう二度と立ち寄ることがないであろうここの楽屋から荷物をまとめて楽団のホールを後にした。
ルーセルと呼ばれるこの街には、友人や愛する人たちがたくさんいる。この街を出て行くことは余りにも名残惜しい。
しかし、笛吹きとしての自分を確かめるために、この日私は旅に出ることにした。
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