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第4話
第4話:吟遊詩人。
10月21日、路上演奏と列車の乗り継ぎと野宿を繰り返して、ようやく国境間際の山間の町にたどり着いた。山間といっても、国境が近いせいか町はとても賑やかで活気にあふれていた。私は賑やかな公園の一角で、いつものように路上演奏を始めた。
路上演奏の場合、私の笛の音を聴いてくれた人の好意によってその代金を頂いている。収入としてはほんの僅かではあるが、笛吹きとしての確認できることが何より嬉しかった。そこには聴くほうと聴かせるほうの心のふれあいが確かにあるように思える。
「ねぇ、そこの笛吹きさん、ひとつ私にとびきりの曲を聴かせておくれよ。」
そう言ったのは、吟遊詩人だった。
歳は40代前半くらいの女性で、足元まである青いローブを身にまとい、背中にはリュートを背負っていた。
私はマズルカ風の曲を吹くことにした。
「^~~~~~^~~~~~^~~~~~^~~~~~^^^~~~~~」
吹き終わった後で彼女はこういった。
「まあキレイな曲ね。でもまだ何かが足りないわ。」
次はアラベスク。
「~~==^^^-^^-~~~^==--;~~~~^^:^~~~~‘~~~」
「う~ん、、もう一曲!」
ワルツ、そしてパラフレーズ
「;~~;~~;~~;~~;~~;~~;~~;~~;~~;~~;」
「^^~~~^;-=---~~~-^^^-=^~~~~~~~~~~~~~~~+^-^;~~~~~~~」
「わかったわ。足りないのじゃなくて多いのよ。」
と彼女はいった。私は訳がわからなかった。
「???どういう意味ですか?」
「きいていて思うのだけど、あなた少し技術的なことにこだわりすぎているんじゃない? 技術的なことももちろん大切だけど、それが邪魔していてあなたの伝えようとしているものがときどきしか見えてこないのよね。それが何とかなれば、あなたもっと良い笛吹きになれるわよ。」
「そうでしょうか?でも、多分そうなのでしょうね。」
私は曖昧な答えを返した。実際のところよく解らなかった。
自分のことを完全に理解することがはたして出来るのであろうか?
私に出来るのは今という時間を只必死に生きるだけだ。
しかし、彼女の言っていることは正しいように感じられる。
「まあいいわ。たくさん聴かせてくれてありがとうね。お礼といってはなんだけど、この詩をきいてくれる?」
と言って彼女はリュートを構えた。
『遥かな昔、光と闇の間でいつしか産声をあげた月。しかし、光でも闇でもない月のことをみんな気味悪く思い、誰一人として近づこうとしなかった。
月には優しい言葉をかけてくれる人もなく、話し相手さえ一人としていなかった。悲しくて悲しくてどうしようもなかった月は、自分の持ち場を離れて薄暗い森の中でいつも泣いていた。
月の頬をつたう涙はいつしか水溜りとなり、やがて池となり、湖となった。
月はそのうち泣き疲れて暫くの間湖の中で眠りこけてしまった。しかし、月が目を覚ましてもなお月は一人ぽっちだった。寂しさを紛らわすために月は自らの魔力で様々な楽器を創り、それを奏でていた。
ある日、月の楽器の音色に引き寄せられるように一人の旅人が涙でできた湖のほとりに迷い込んだ。
その旅人は月に近づきこう言った。
「あなたは何故こんな所に一人でいるのですか?どうしてそんなに悲しそうなのですか?」
月はその旅人の問いにどう答えようか迷った。
迷った挙句に今までの経緯について話すことにした。
旅人は月の話しを黙って最後まで聞いた後でこう言った。
「光でもなく闇でもない。だからこそ月の輝きは尊いのです。あなたは気づいていないのかもしれませんが、月の光を愛でる者はこの広い大地の上にたくさんいます。月を愛で歌を歌うもの、月を愛で絵を描く者、月を愛で詩を書く者、月の輝きの下で求愛する者、数え始めればきりがありません。」
その言葉を聞いて、月は生まれて初めて自分の価値に気づいた。
旅人はさらにこう言った。
「しかし、私が14歳の時に夜空から忽然と月の輝きが消えました。私を含め多くのものが驚き取り乱しました。そして月の所在を確かめようと多くのものが旅に出ました。
それから40年近くの月日が流れました。私もその旅人の一人なのです。月の輝きがないと私たちは生きていけないのです。どうか…どうかお願いです。輝きを取り戻してください。」
月の心の中に人々に対する愛情が芽生え、悲しみにくれていた涙の湖は銀色に輝き始め、周囲の森には花々が咲き乱れ、夜空には再び月が輝くようになった。
自分を勇気づけてくれた旅人に対して月は、旅人の願いをひとつ叶えてあげることにした。
旅人の願いはこうして叶えられ、それ以来涙の湖は月の精霊の泉と呼ばれるようになった。
今でも夜空に月の輝きのない日には、月の精霊の泉で月は訪れるものをひっそりと待っているのだという。
そして、訪れた者の一番大切な願いをひとつ叶えてくれるのだという。
しかし、その月の精霊の泉はどこにあるのかもわからない。在りかを知る者もいない。今となっては伝説の場所・・・・。』
すばらしい詩であった。
詩がリュートの調べと一体になり、まるで空を飛ぶような感じで聴くことができた。
月の精霊の泉・・
もしこの旅の途中でたどり着くことができたならどんなにすばらしいだろう・・
その時私は何を願うのだろうか。
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