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第5話
第5話:かけがえのないもの。
10月30日、ダウランドに入国した。
ここダウランドは古い歴史を持つ王国で、広大な領土を持ち、今なお騎士団が国を守っている。それから2週間かけてようやく城下町に着いた。
夜も近くなり、私は宿を探すうちに道に迷い込んでしまい、途方に暮れていた。
ふと足元をみると、風に飛ばされてきた一枚の張り紙があった。
手にとって読んでみると、
『どうか私の娘を助けてください。』
と書いてあった。
その文面をみてとても切迫したものを感じた私は、翌朝とりあえずそこに寄ってみることにした。
そこは豪華な建物が立ち並ぶ町並みのほぼ中央にある、ひときわ目立つ石造りの豪華な建物だった。雇い人と思われる中年の男性に声をかけ張り紙のことを話し、家の中に通してもらい、大きくて豪華なシャンデリアのある一室で家人を待つことになった。
やがて50歳過ぎの、品の良いいかにも紳士といった感じの男性が現れた。家主であった。
家主は、
「どのような形で私の娘を助けて下さるおつもりなのですか?」
と訪ねてきた。
私は、
「私は笛吹きです。笛を吹く以外何もできないといっても過言ではありません。しかし、音楽…いえ、笛の音色は吹いている私の心も聴いてくれる人の心も和ませてくれます。私は笛の音色には人の心を癒す力があると信じています。」
と私は心に思ったありのままの言葉で答えた。
「私の娘を助けてくださるのでしたら、どんな方法でも構いません。しかし今までいろんな人が訪ねて来てくださいましたが、いずれも功を奏することはありませんでした。」
と家主は言い、目に涙をためながら話を続けた。
「18年前、私は騎士団におりました。その頃は父も健在で、父は騎士団の総長というとても重要な職務についておりました。
そんな中、北方で勃発した戦を沈めるため、私ども騎士団は北方に向かいました。それと時を同じくして城下では盗賊団が頻回に出没して町を荒らしていました。そんなさなかの出来事でした。
北方での戦が沈静化し、私たちの騎士団が城下に戻り、私が家に帰って見たものは、荒らされた家具と、長男と妻そして父の惨殺死体でした盗賊団が雇い人の少ない時を見計らって家に侵入したのでした。私は見当たらない娘の名前を大声で叫びました。
モルデント!モルデント!!
と・・。
すると娘は長い間使っていなかった暖炉の影から埃だらけの顔で泣きじゃくり、震えながら姿を現せました。私は娘をしっかりと抱きしめました。
数日後、盗賊団は捕らえられ処刑されることになりました。
13人いた盗賊は驚いたことにみな18歳未満の少年たちでした。さらに数日後、盗まれた大方の物は戻ってきましたが、死んだ人間は二度と戻ってきませんでした。
残ったのはまだ7歳になったばかりの娘のみ・・
娘はよほど怖い思いをしたのでしょう。それ以来娘は言葉を失ってしまいました。
その後私は騎士を辞め、娘の病気を心を癒すためにあらゆることをしました。
しかし、未だに娘は言葉を失ったままなのです。」
家人は途方にくれた様子で声を殺してすすり泣いていた。
この18年間親と娘はとてつもない苦労をしてきたのであろう。当時7歳だった少女が25歳の立派な女性になるには十分すぎる年月である。そして、癒すことのできない傷を負ったもの、それをなんとか癒そうとするものの時間としては、あまりにも長すぎる歳月であった。私は家主とともに娘の部屋を訪れた。
「モルデント、お客さんだよ。彼は笛吹きなのだよ。なまえは…」
「モテットです。はじめまして、お嬢様。」
そこにいたのはとても美しい女性だった。プラチナブロンドの長い髪をきれいに結わえて、絹でできた緑色のドレスを纏っていた。
しかし、彼女の瞳はどこか物憂げだった。
「私は今までの人生の半分くらいを笛とともに生きてきた笛吹きです。
しかし、もちろん楽しいことばかりではありません。時には傷つきもがき苦しんだこともあります。
そして、いつになっても消えることのない心の傷・・・・。
多くの人が心の傷を大なり小なり持って生きていると思います。私はあなたとお互いの心の傷を共有して共に癒していこうと思います。
しかし、私は笛を吹くことしかできません。ですから、笛の音を通して心を共有できたらと思います。」
そう私が言うと彼女はこくんとうなずいた。
私は笛を構えてから精神統一し、彼女のために一生懸命吹き始めた。
曲はシチリアーノ。
「~~~^^~~~~~^^~~~~~^^^^^~~~~~~~~~^^^~~~~~^^^^~~~~^^~~^^^^^~~~~~~~~~」
吹き終わって拍手をくれたのは、彼女の父であった。
彼女は沈黙を守ったままである。
次の曲はポロネーズ。
「~^^^~^^^~~~^^^^^~~~~~‘‘‘‘~^^‘^^^~~~~~~~‘^^~~~~~~~~^‘‘^‘~~~~」
タランテラ
「^~~~~~^~~~~~^~~~~~^~~~~~^~~~~~^~~~~~」
ノクターン
「^~~~~~^~^~~~~^~~~~~^~~^^^^^~~~」
マドリガル
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
子守唄
「~~~~~^~~~~~~~~^~~~~~~~~~~~~^~~~~~~~~~~^~~~~~~~~」
ブレー
「^~~~^~~~^~~~^~~~^~~~^~~~^~~~^~~~」
ブレーを吹き終わったときに彼女は拍手をくれた。
そして首から提げているメモ帳になにやら書いて私にそれを見せてくれた。
それには、
「「すばらしい曲を聴かせてくれてありがとう。まるで鳥になって空を羽ばたいているようだったわ。」」
と書いてあった。そして彼女は、なんだか照れくさいといった感じの笑顔を私に見せてくれた。
それから私は、家主でありモルデントの父でもあるプラルトリラーの好意で、この広大な屋敷の一室を借りて暫くの間住むことになった。
私は笛で、モルデントはペンで会話を続けるうちに次第に仲良くなり打ち解けるようになっていった。
私は次第にモルデントに対して恋心を覚えるようになった。
ある朝私はピアノの調べで目を覚ました。技術的には未熟な面があるようだが、その調べはとても美しく、とても優しい音色だった。
私は飛び起きてモルデントの部屋に向かった。まるでピアノの調べに導かれるように、私はノックするのも忘れてモルデントの部屋に入ってしまった。
そこには昨日まで埃に埋もれていたピアノに向かい、その音色を奏でているモルデントの姿があった。私は彼女のピアノを聴いて、いつか出会った吟遊詩人の言葉を思い出していた。
技術よりも自分が何を伝えたいのか。
心の響きが音と一体になることが一番大切なのだと、恥ずかしながら今になって初めて気づいた。
私に気づいて恥ずかしそうにしているモルデントを私は思わず抱きしめて耳元で、
「とてもキレイな曲を聴かせてくれてありがとう。とてもステキだったよ。」
といった。彼女はとても嬉しそうな笑顔を浮かべて私にキスをしてくれた。
その後私たちはますます親密になり、愛し合うようになっていった。月日が流れ冬が過ぎ、いつしか季節は春になっていた。
モルデントは春の日差しを浴びて以前の彼女とはくらべものにならない程生き生きとしてきた。
そしてモルデントに奇跡が起きた。それは私とモルデントとプラルトリラーの3人で食事をしているときだった。
「お父さん、そしてモテット、今まで本当にありがとう。おかげで少しずつだけど声が出せるようになってきたの。今まで恥ずかしくて皆には言えなかったけどモテットに出会ってから声を出す練習をしていたの。」
とモルデントはかすかな吐息のようではあったが、ペンではなく口で確かに言ったのだった。
父親のプラルトリラーの喜びは天にも昇る勢いだった。
私といえば、嬉しさのあまりいつのまにか涙を流していた。
18年間苦しんできた父と娘に奇跡が起きた瞬間であった。
だが、私はこの時、喜びと同時に新たな旅の予感を感じていた。
5月20日、私の中の何がそうさせるのか、それとも運命なのか、この日私は再び旅に出ることにした。
ルーセルを旅立ってから一年が過ぎ、モルデントに出会ってから半年が過ぎていた。もちろんここでの生活に不満があるわけではない。
私の中の何かがまだ旅は終わっていないと言い、心を大きく揺さぶって、私を旅に誘うのであった。
私はモルデントとプラルトリラーあてにそれぞれ手紙を書き、机の上に置いて早朝家の者に見つからないように屋敷を後にした。
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