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第6話
第6話:老笛吹き。
7月10日、南に進路をとっていた私は、山を越え広大な草原を越え国境を越えようやく音楽の都タイスに到着した。
ここタイスは音楽の都というだけあって、連日連夜この都のどこかでコンサートが行われている。そして街路にも公園にもあらゆるタイプの音楽家が演奏している。
夜も遅くなってきたので私は町のはずれにある安宿に一泊することにした。翌日私は、安宿の目の前にある小さな公園で路上演奏することにした。そこで私は奇妙な笛吹きの老人に出会った。
笛を吹いている私に老人はこう言った。
「おまえさんはふえふきかのう?」
「ええ、そうですが…」
と答えると、老笛吹きは、
「ふぉっふぉっ、見ればそれくらい解るよ。ワシも今まで旅をしてきてようやく生まれ故郷のタイスに帰ってきたところじゃ。気がついたらいつの間にかこんな老いぼれになっちまったよ、ふぉっふぉっふぉっ。ところで君は何故旅をしているんじゃ?」
と言った。
私は、
「正直なところ、自分でもよく解らなくなってきました。最初のうちは笛吹きとしての自分を確かめるための旅でした。しかし、今となってはそんなことはどうでもよくなり、ただ心が命ずるままに笛とともに旅をしています。」
と答えた。
「ふぉっふぉっ、まぁ人生とはそういうものじゃよ。人はそれぞれ旅をする。パン屋はパン屋の旅を、穴掘りは穴掘りの旅を、そして笛吹きは笛吹きの旅を…」
と老人。
「あなたは何故、旅をしてきたのですか?」
と私。
「ワシか?ワシも最初はおまえさんと同じような理由じゃった。しかしある時、それはそれはきれいな湖の畔に迷い込んだのじゃ。その湖の反対側にびっくりするほど綺麗な人がいてのう、ワシはその人に近づこうと思って湖の畔をぐるりと周ったんじゃ。
その人は見れば見るほどべっぴんなひとじゃった。その人はワシにこういったんじゃ。
『旅の人、あなたがここに来たのも何かの縁でしょう。あなたの一番大切な願い事をひとつ叶えて差し上げましょう。』
なんていうから、ワシは迷わずその人が右手に持っていた銀のフルートをくれと頼んだのじゃ。その時までワシが持っていた笛は壊れて使い物にならなくなっていたんじゃ。
そんなワシにその人は銀のフルートを快く手渡してくれたよ。ワシはその人といろいろな話をしていたんじゃが、いつの間にか眠くなってのう、目が覚めるとワシがよく知っている街の公園で一人ぽつんと立っておった。
ワシはもう一度あの人に会いたいと思って、それからずっと旅をしてきたんじゃが、結局会えずじまいでこの歳になっちまったんじゃ。」
「おじいさん。その湖は、ひょっとして月の精霊の泉では?」
「おぉっ!そういう名前じゃったかものう?ふぉっふぉっ。
そんなことよりもワシと二重奏してみんか?」
私は老笛吹きと二重奏を演奏することにした。
出だしは老笛吹きから、柔らかく丸みのある音色で即興曲。私は老笛吹きとの二重奏を心から楽しんだ。
吹き終わった後で老笛吹きは、
「おまえさんなら合格じゃ。これを受け取ってくれ。」
といって、月の精霊の泉でもらったという銀のフルートを私に手渡した。
「おじいさん、これは?」
と私がいうと、老笛吹きは、
「人は年老いてくると、自分の死期と言うものの時期を直感で理解で理解できるようになるんじゃ。この体では旅の終わりはもうすぐじゃ。
この笛は魔笛という名前なんじゃが、ワシは帰りの旅の途中でこの魔笛を託せる人物をずっと探しておったのじゃ。
最後の最後におまえさんに出会えて本当に良かったよ。ありがとな。ふぉっふぉっ。」
私は老笛吹きに何とお礼を言っていいのか言葉が見つからないでいた。
私は精一杯の言葉で
「ありがとう」
と言った。
老笛吹きはただただ微笑んでいた。私に何かを託してくれる人がいる。
私を信用してくれる人がいる。そう思うと何か胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
私が感慨にふけっている時に、おもむろに安宿のこれまた安っぽい扉が開き、安宿の女主人が現れた。
「おじいちゃん?おじいちゃんなのね?やっぱり!」
といいながら女主人は老笛吹きに近づいた。
「ふぉっふぉっふ、ふ、ふ、ふふぉっ…」
と老笛吹き。
「もう!何言ってるのよ!今までさんざん心配したんだからね!おじいちゃんは孫娘が可愛くないの?」
と女主人。
「ふぉっふぉっ、魔笛を大切にのう~!」
と言い残して老笛吹きは女主人に手を引っ張られて安宿の中に入っていった。
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