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第4幕
第4幕:この世界で最強の魔法剣士
そこは広大で真っ暗な場所であった。
天井からぶら下がっている蜀台の僅かな明かりが、床に横たわっている無数の死体と、おびただしい量の血を浮かび上がらせていた。
私は吐き気を抑えきれず、思わず口に手を当てて、その場でうずくまってしまった。
ツキは、私の身を案じ、肩にそっと手を置いた。
そこに、あの魔法剣士が現れた。鞘に収めた直刀を左手に持った魔法剣士は、やや当惑したようにツキに語りかけた。
「ツキよ・・・何故、ここに和音を連れて来たのだ?
ここは、この部屋は、和音にだけは何があっても見せてはいけない場所であることは、お前もよく解っていることであろう?
わが友であり、我の唯一の理解者であるツキよ、お前のもよく解っているはずだ。
ここの存在を和音に明らかにすることは、今までの世界の均衡を破壊することと同義なのだぞ。」
それに対してツキはこう言った。
「もう、今までの均衡は破壊されつつあるわ。
この世界から和音を守るため、私とあなたは存在しているけれど、それでもこの世界の溝は深まるばかり・・・。
もはや維持できなくなったこの世界を、明けることのない完全な闇が全てを飲み込もうとしている。
このままではこの世界の誰も救われることなく、そして彼女さえも消えてしまうわ。
このままじゃ終わらせない、何があっても和音は、和音だけは救わなければいけないのよ。
そのためには、全ての真実を和音に見せる必要があるのよ。
でもそれは和音にとってはとても辛いこと。
でも、真実の先に本当の救いがあることも事実よ。
だから、魔法剣士、あなたのしてきたこと、あなたが守ろうとしたものを、和音に見せてあげて。」
魔法剣士はツキのこの語りかけをじっと聞いていたが、静かに頷き、私と目線を合わせるように私の前で屈み込み、そしてゆっくりと、穏やかに話し始めた。
「まず、始めに、危険に気づき、危険を回避すること、それは逃げることではなく、立派な勇気であると私は思う。
あの時全てを遮断し、鬼や悪魔から自分の心を守ったんだ。君はその殻にこもることによって生き延びることが出来た。
それは立派な勇気だよ、和音。
しかし、それと同時に、君が殻にこもることにより、この世界そのものに亀裂が生じ、溝が生まれ、その溝は深まるばかりであったことも事実だ。
そこでこの世界の均衡を守るために、どんなときでも和音を守るために創られたのがツキであり、過去現在において、和音を脅かし続けるものを排除するために創られたのが私だ。
自分自身が受けた、あまりにも辛すぎる過去を転嫁するために、異性として創られたものがあの少年だ。
もう一方で、君は、悪魔が下した鬼への暴力が少年に転嫁されるさまをみて、暴力が連鎖していることも知っていた。
だから、その連鎖を止めるために、全てを自分の中に抱え込んだんだ。
しかし、鬼や悪魔から逃れたはずの遠い町の中でも、あの時の惨劇が脳裏を横切って君を悩ませた。
その都度私はそれらを切り捨てたが、惨劇は何度も蘇った。
そして蘇るたびに私はそれを切り捨てた。
それは、自分自身に認められない少年という自分の断片が、自分自身に認めてもらうためのささやかな抗いだったんだ。」
その魔法剣士の言葉を聞き、あの少年が紛れもなく自分の一部であることを悟った。
少女ではなく、少年という形をとることにより、自分自身から隔離していたのね・・・。
そう考えると、辛い思いをしていたのに、それが自分の一部として認めてあげさえしなかったことに対し、深い悲しみと後悔の念を覚え、気がつくと私はとめどなく涙を流していた。
そこに、無数の死体の中から、少年が蘇り、私とツキと魔法剣士の傍に立ったのだった。
私は少年の両手を握りしめ、ごめんね、ごめんね。
と言い、その場で泣き崩れてしまった。
少年はそんな私に対し、
「ううん、僕のほうこそごめんね。
ただ、僕は認めてほしかったんだ。
そして気づいてほしかたんだ。
自分自身の中にあるものを拒絶する限り、それは永遠に和音自身を苦しめる。
それを解決するためには、ありのままを注意深く見て、気づき、世界と自分自身を隔てている自分自身に気づかなきゃならない。
それはとても勇気のいることなんだよ。
世界は和音とつながっている。
そして、和音の心の中にはこの世界の全てが内在しているんだ。
なぜなら、和音だけじゃなく、全ての人が、この世界の縮図だからね。
だから、自分の世界を救うことは、和音自身を救うことに留まらず、世界を救うことと同義なんだよ。」
と言った。
『そうか、そういうことだったのね。
私自身が私から逃げていたから、私自身が私と向き合おうとしなかったから、この少年は生まれ、そして少年は永遠に終わらない惨劇の中で迷子になっていたのね。
・・・わかったわ。
誰に、何に頼ったところで、最後に自分自身を救えるのは他の誰でもない自分自身だものね。
しっかりしなきゃね。
これは私自身の世界だものね。
もう逃げないわ。
だって、私は彼らから遠く離れた所に住み、自由を得たもの。
もう自分から逃げたりなんかしないわ。あれはもう終わったのよ。』
と私は心の中で呟いた。
そして立ち上がり、少年をぎゅっと抱きしめ、もう一度「ごめんね。」と私は言った。
すると、少年は優しい笑みを浮かべて、光の塊になり私の身体に吸収されていった。
少年は和音と同化したのである。
少年が和音と同化したことにより、床に横たわっていた無数の死体とおびただしい量の血液は一瞬のうちに消え去り、それに続いてこの真っ暗で広大な部屋も消え去り再びもとの真っ白な世界になった。
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