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「ああ……甘い。甘い……恋をする少女の血は甘美だこと」
ついっと舌をまわして一滴も残さず首筋からしたたる血をなめまわす。
女が硬直したアンナの体に足を回して絡みつき、さらに肩に食らいつこうとしたときだった。
時計塔の歯車がぎしりと金属音を立てながら止まった。そして垂れ下がる鎖がせわしなく上下を始める。
その動きに気を取られた女は、時計塔に侵入者が現れたのに気がつき、血に濡れた顔をそちらに向けた。
「フィッツジェラルド。あなただったの」
金髪の男は、背に白い巨大な翼を持つ。
黒い軍服に包まれた体は鍛え上げられ、彫刻家が渾身の作として作り上げた軍神の彫像を思わせる。
「ミステス。いつもながら暴飲が過ぎるのではないですか……」
ミステスと呼ばれた女は、自分の腕の中で白目をむいたまま硬直しているアンナを愛しげに舌で舐めた。
「ほんのちょっと、血をいただいただけよ。この子はもうしばらく生かしておくわ」
そう言って、ふわりと宙に舞い上がった。
フィッツジェラルドの横に来たとき、ミステルはにやりと口元をゆがめた。
「あんたこそ。ずいぶん甘い血をすすったみたいね。どこで手に入れたのよ……人間の少女の血なんて贅沢品だわ」
「わたしは美食家なのでね。いくら滋養があっても異形者など口にしようとは思わない」
「うふふ。お互いに好みが違って良かったわ。狩り場を争う心配が無いもの」
その時。
階段の辺りで人の気配がした。
ぶわっと急降下したフィッツジェラルドは螺旋階段の途中に落ちていた、みすぼらしい古靴下で作ったウサギのぬいぐるみを拾い上げた。
「誰かが見ていたようだな。ミステス。脇が甘いのでは無いか」
「ふん……異形者の子どもが一人いなくなったところで、人間は気にもとめないわよ。それよりも、あんたはどこで狩りをしてるのよ。女王陛下の旦那様?」
「狩りは王侯貴族のたしなみではあるが。お膳立てされた狩りほどつまらないものはないのでね……」
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