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「イリナス皇太子が生まれた頃から冬の離宮では行方不明者が出たり、ラーム神殿が軽微な地震で崩壊したりと異変が続いていたのは、アエノンもヘリオット卿も知っているでしょう」
ヘリオット卿が深く頷いた。
「仰せのとおりです」
そう言いながら神殿を指さした。
「かつて、素朴ながらも歴史ある神殿がそこには建っていた。だが、一夜にして崩壊し土台のみが残った……」
「ミステスがお母様のお気に入りになった頃から、精神が崩壊していくのを目の当たりにしていました。わたくしは何度もお父様にミステスをお母様から引き離すように申し上げ、お父様はその進言を受け入れてくださいました」
ユディアはぐっとジェフリの腕に力をいれて握りしめた。
「ミステスの歌には魅力がありました。人を酔わせ、心を占拠されるような不思議な力です、わたくしにはその歌声にお母様が傾倒していくのが恐ろしかった。そして、妊娠なさってからはミステスの歌声をもう一度聞きたいと申され、お父様は何度か秘密裏に冬の離宮に招いたといいます……」
そこでユディアは言葉を切ると、ヘリオット卿の方を振り返った。
「ヘリオット卿も宮廷で生活しているのですから、あの噂は聞いているでしょう」
気まずそうに目をそらしたヘリオット卿は、ユディアの視線の強さに負けて口を開いた。
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