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「……その歌声。ミステスの不思議な歌声は、音響攻撃の技の一つなのかもしれないなと思ったんです。アエノン、どう思う?」
「いかにも。ミステスはラームの教えでは悪徳の女神とされていますが、もともとは地獄の門番として地上に遣わされたラームの娘です。その歌声で神を惑わし、争いが絶えなかったため断罪されそうになったところを知略の女神が、門番として眷属に迎え入れたのです。
これは神話でござるが、女王アルテミアを魅了した歌声は、音響攻撃の技で間違いござらぬ……無論、禁じ手でありまする。その歌声は吸血鬼を封じるためだけに許された」
「お母様が吸血鬼を操れるのではなく、ミステスにその歌声があるのなら……祭祀として許しを与えたのではないでしょうか。地獄の門を開く許可を与えてしまった」
その場にいた全員が、同じ疑問を抱いていた。
何のために、女王アルテミアはそんな許可を与えたのか。
吸血鬼が地上にあふれ出てくるのは分かっていたはずだ。
皆の沈黙を破ったのはジェフリだった。
「誰かがこの事態を望んで、仕向けたんだよな。それは、誰なんだ?」
誰が、と問いかけながら、ジェフリには一人の人物の姿が浮かんでいた。
大公フィッツジェラルド。
優雅な金髪を蜘蛛の糸のようにまとわりつかせながら、地獄さながらの災害現場にいてもなお、微塵も損なわない美貌。
この世の倫理が通用しないある種の達観があった。
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