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「ミステス……カササギの翼」
ジェフリのつぶやきが聞こえたように、リュヘル道士が微笑んだ。
その微笑みは、スピノザ救貧院の患者や子供達に向けられていた慈愛に満ちたものではなく、地獄の底をのぞき見た時。そのあまりの醜悪さに笑みが漏れたとでもいうような、壮絶な美しさを持っていた。
リュヘル道士は大きく翼をはばたかせると、背後に連なっていた黒い影をミステスに突撃させた。
その黒い影は、肉厚の翼と白い美貌を持つ吸血鬼たち。
リュヘル道士は吸血鬼を従え、完全に己が手足として操っていた。
ミステスの赤い唇がぐにゃりと歪み、喉の奥底から甲高い声が響き渡った。
その音は、オペラ歌手がアリアを歌い上げるように、天高く響き、そして神の怒りの鉄槌となりあらゆる生き物をたたきのめした。
ジェフリは女王の体を抱きしめ耳を塞いだが、自分の事は構っていられなかった。
体中の細胞が、ミステスの歌声に共鳴し破壊される。
その絶望的な苦しみから逃れる方法は無く、ただ痛みに耐える時間が短いようにと、それだけを祈った。
「せっかく逃げる機会を与えてやったというのに。また舞い戻ったのか」
ふわりと体を柔らかなフェザーが包んだ。
ぎしぎしと音を立ててうごめく腱から激しい鼓動が伝わり、放たれる体温がジェフリの冷え切った体をほんのりと温めた。
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