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疲れて帰ると、家の明かりがついていた。つけっぱなしで出てきてしまったのだろうか。
……と思ったらいきなり声がした。「えーっ、何だよこれ!」
まさか泥棒っ!
しかし泥棒にしてはヤケに明るい声色だった。まさか部屋を間違えただろうか。いや、鍵はちゃんと合っていたし、ここは確かに凪子の部屋だ。恐る恐る廊下を進む。真ん中が磨りガラスになっているドアに顔を寄せ、部屋の中を覗き見る。そこにいたのは……
嘘。
「アツシくん?」
段ボールを覗き込んでいた青年が、くるりと振り向く。間違いない。確かにこれはATARAXIAのアツシくんだ。えっ、何で、一体何が起きているの。ていうかなんでアツシくんが部屋にいるの。どうやって入ったの。不法侵入じゃないの。いやアツシくんだから許……していいのだろうか。
それともドッキリ? でも凪子にカメラを回して一体誰が得をするのか。
生唾を飲み込むより少しだけ早いタイミングでアツシくんが「あーっ」と大きな声を出したせいで、唾が気管に入って少し、噎せた。
「君、俺らのファンやめちゃうの?」
段ボールを指さしてアツシくんが言う。
「え……と……あ、はい……」
「どうしてっ、何でっ、嫌だよずっとファンでいてよ。俺らの何が悪かったの? もしかして劣化? 劣化したから? やっぱり若い方がいいワケ? 最近『parrhesia』が推されてるもんなー! 女の子ってさ、男が『若い子がいい!』って言うと露骨に嫌な顔して、ひとをスケベ扱いするけど、自分たちだってそうじゃんか」
「違う、そうじゃない。そうじゃないんだけど……」
「ならどうして? せっかく集めたものをこんなところに押し込めないでよ。思い出してよ、このグッズを手に入れたときのことを。雨の日のコンサート、水が染みてつま先がじんじん痺れても、ずっと列に並び続けてくれただろ。それなのにこんなにあっさり捨てちゃっていいの? ね? もう一度考え直してよ、お願い」
……アツシ、くんは。こういうキャラだ。
ぐいぐい来る『弟』キャラ。くっきりした顔立ち、ぱっちり二重まぶた。誰もが可愛がりたくなるオーラをまとっていて、それを本人も自覚している。女子だったら絶対嫌われるだろうあざとさも、彼だと不思議と許せてしまう。
「でも……」
と、言葉を続けようとしたときもう、彼の姿はそこにはなかった。声を発するために大きく吸った息が無駄になる。しかたなく、緩く、長く吐き出す。
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