博人の七月①

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博人の七月①

 久しぶりの外食だけど、食事を味わっている余裕はないだろうな。  昨夜から続いていた雨が上がり、わずかに晴れ間が見えている。俺は伸びをして、太陽の恩恵を全身に受けた。  「いい時間だ」  スーツ姿の父さんは時計を見ながら洋食屋さんの中に入った。後をついて行くと、個室に通された。  「こっち。下座」  俺は言われたまま座る。  今日は華奈さんと有理花ちゃんとの食事会だ。再婚するにあたっての顔合わせ。  有理花ちゃんには華奈さんが事前に妊娠と再婚の話をしたって聞いた。  それを父さんから聞いてから、中学で有理花ちゃんを見かけていない。いや、正直なところ、俺から避けていた。どんな顔して会えば良いかわからなかったから。  有理花ちゃん、胸中複雑だろうなぁ。  カラランッ  個室の引き戸が開いた。ワンピースを着た華奈さんが笑顔で入ってきた。  「お待たせしました」  「ああ」  緊張しすぎて挙動不審になっている父さんが出迎えた。  続いて、中学の制服を着ている有理花ちゃんが現れた。  あ、制服!?そっか、それくらいちゃんとした格好しないといけないよね。俺は…黒のスキニーパンツにモカのTシャツ!親父、注意してよ!  焦りながら俺が立ち上がると、有理花ちゃんは驚いた顔をして立ち止まった。  へ?  その表情…まさか。…まさか。  「有理花、席に着いて」  華奈さんは有理花ちゃんに声をかけた。  有理花ちゃんは愕然とした表情を崩すことなく、俺の向かいに座った。  まさか華奈さん、俺のことは有理花ちゃんに言ってなかった!?  そんな~!  ふと、横を見れば、親父がグラスを飲む勢いで水を飲んでいた。  いやいや、今からこの調子で大丈夫なのか?  案の定、挨拶だけはかろうじてしたものの、ガチガチに緊張した父さんは上手く話を進めることができず、華奈さんがメインで話をした。肝心の話には触れない世間話だ。  「そういえば、有理花は博人君と同じ中学校なのよ。知ってた?」  華奈さんがふわりと有理花ちゃんに言う。  え?それくらいの認識!?  有理花ちゃんは表情を硬くした。  「同じ委員会なんです。図書委員」  俺はとっさに答えた。有理花ちゃんがまっすぐに俺を見た。  「ああ、そうなの!それなら、早目に言えば良かったわね」  華奈さんがおっとりそう言うと、有理花ちゃんは鋭い視線で華奈さんを見た。  怒ってるよ!  そりゃそうだ。  「博人、図書委員なのか。同じ趣味なら一緒に住んでも仲良くやれそうだな」  よくわからないことを言い出したのは親父だった。委員会は趣味で選んでないし、この流れで急に「一緒に住む」とかいうフレーズ出すなよ。  俺らの親って、実は毒親なのかなぁ。  有理花ちゃんの気持ち、全然考えてないよな?赤ちゃんが優先だからかな。  ふと有理花ちゃんの前にある前菜を見ると、すごい勢いで減っていた。  ひょっとして…早く帰りたいから、急いで食べてる?  気持ちはわかるけど、何のための食事会なんだか。  「あの、有理花ちゃんは部活、なに入ったの?俺は調理部」  意を決して話しかけた。言い終わってから、いきなり「有理花ちゃん」呼びはダメだったかと悶絶する。ぎゃー。  「美術部」  「ああ!美術部なんだ!絵を描くの?」  「…折り紙です」  え?折り紙?  全く想像していなかった答え。折り紙で美術部って入れるの?これ、聞いたら失礼?  考え始めると間が空いて変な沈黙が個室に流れた。  し、しまったぁー。気を利かせたつもりがぁ。  その後も、華奈さんと父さんが会話するものの、気まずいまま食事は進んだ。  メイン料理のビーフシチューが来ると、有理花ちゃんは再びすごい勢いで食べ始めた。  そうなるよね。それもこれも、親父が肝心の話をしないからだよ。  俺は肘で父さんを小突いた。  「ん?」  ん?じゃないよ!  「普通に食事して帰るわけじゃないよね?言わないといけないことがあるよね?」  父さんはスプーンを置くと、水を飲んだ。何回飲むの。  「うん…おほんっ、今日は大事な話をしに来ました」  メイン料理が終わりそうなときに言うことではない。  父さんは震える手をテーブルの下にしまった。  「有理花さんのお母さんのお腹に、私との赤ちゃんがいます」  言い方、生々しくない?  「急な話でごめんなさい。なんだけども、なんだけども」  父さんはコップの水を一口飲んだ。  頑張れ!  「有理花さんという大事な娘さんがいることは聞いていました。だから、有理花さんのお母さんと結婚はしないし、子供ももうけない交際をしていくと約束しました。それで良いと思っていました。ですが、今、新しい命がお腹に宿って、私は嬉しいと思っています。  突然、こんな話をして有理花さんはショックだろうと思います。それは、ごめんなさい。なんだけども、赤ちゃんができたことを謝れません。  有理花さん、お母さんと結婚させて下さい。私のことはお父さんと呼ばなくてもいいんです。ただ、家族になってほしいんです。お母さんと有理花さんと、赤ちゃんと、博人と私と。私はお母さんを幸せにします。有理花さんと博人が安心して帰れる家庭を作ります。お願いします」  テーブルにぶつかりそうな勢いで、父さんが頭を下げた。俺も頭を下げた。  すぐに頭の上で華奈さんの声が聞こえてきた。  「二人とも、頭を上げて。その話は有理花も了解しているから大丈夫よ」  俺が頭を上げると有理花ちゃんと目が合った。黒い瞳の奥に渦巻く感情が俺の中にまでなだれ込んでくるようだった。  この感じは…。  全く了解してないじゃん!  表面上、「了解した」と言っただけ!  心の中では全然、納得してない!  その後に出てきたデザートの味を俺は全く覚えていない。
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